目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第32話「あとは君次第だ」

 そこからの数日は特訓漬けであった。

『ジュゼッペ基地』を目指し、最大戦速の『フリーダム』に牽引される『星野号』。

 そんな中、ベラとかなめは互いのコンビネーションの完成度を高めるため、シミュレーションマシンに籠もりきりとなった。


「さあ来なさい!」


 敵を引きつけるため、シールドを展開する際のエネルギー放出はやや多めに。


「取りこぼした! ベラちゃん!」

「任せて!」


 一方で近づいてきた敵と戦わざるを得ない状況では、最低限の力で急所だけを狙う。

 繰り返すごとにエネルギーコントロールの精度が上がっているのをベラは感じていた。

 かなめとの連携も良くなっている。これなら実戦でもいけるという手応えを、彼女は得ていた。



 一方、航は『ジュゼッペ基地』での戦いに向けての準備を進めていた。

【ノヴァ・キャンサー】と【ノヴァ・アクエリアス】のロッテ戦術は、通常求められる水準を既にクリアしている。

 だが、これから戦う相手は『知性体』の『蠕動者』だ。既存の戦略が通用するとは思わないほうがいい。


「ノア。――『エレス事変』でハルトがベラちゃんを守った時、機体の背中から光の翼のようなものが出てきたのを覚えているかい?」


【ノヴァ】格納庫にて整備中だったツナギ姿の少年を呼び止めて、航は訊ねる。

 金髪碧眼の彼は律儀に作業を中断して立ち上がり、答えた。


「はい。後から艦のカメラが捉えていた映像で確認しましたから。それが何か?」

「じゃあ、あれは一体何だったと思う?」


 ノアは困ったように眉根を寄せた。

 航自身、あれは初めて見る現象だった。翼のように広がった白い粒子がベラの『UFO』を包み込み、敵の攻撃やその後に起こった爆発から彼女を保護したのだ。


「えっと……あれはおそらく、オーバーフローした粒子が拡散したものかと」

「うん、おれもそう思う。で、ちょっと考えたんだけど……あれを意図的に起こして、さらにコントロールできるようにすれば、攻撃にも防御にも使えるんじゃないか? やってみる価値はあると思わない?」


 ノアは耳を疑った。

 自分でも無茶を言っていると航も思う。

 ガンマ粒子のオーバーフローを敢えて起こすなど正気の沙汰ではない。パイロットもろとも機体が爆発して消し飛ぶ、自殺行為でしかない。

 ハルトが起こした現象は奇跡的なイレギュラーであり、再現性など望めるわけがない。


「……無理です、艦長」

「無理は承知だよ、ノアくん。けれど無理を道理に変えなければ勝てない。『知性体』っていうのはそういう相手だ」


 少年の肩を掴んで揺さぶり、航は詰め寄った。

 航の本気を感じ取ったのか、ノアは目を見張る。

 自分たちは再び死地へ赴く。『エレス事変』での奇跡をもう一度起こさなければ、生き残ることもセラたちを助けることもできない――。


「……でも、ぼくにできるんでしょうか。『フリーダム』の人たちにお願いしたほうが……」

「もちろん設備は『フリーダム』のものを借りる。けど、開発には君に参加してほしいんだ」


 そう訴えると、ノアは潤んだ瞳を瞬かせ、俯いてしまった。


「どうして……どうして、ぼくなんですか? ぼくはまだ、何の実績もないのに……」


 か細い声で訊いてくる少年に、航は温かい声音で答える。


「ノアが『星野号』の一員であり、『星野号』を守りたいという強い熱意を持っているからだよ。『フリーダム』のやつらにはない『アツさ』が君にはある。それに、君がいなければ『星野号』は『エレス事変』で沈んでたよ。君もおやっさんに負けない、立派なメカニックだ。このおれが保証する」


 今のノアに足りていないものは、自信だ。

 一刻を争う局面でサブスラスターの修理を完遂させ、『星野号』の命を首の皮一枚で繋ぎ留めた彼には、自身でも気がついていない才覚がある。

 それを芽吹かせるのが航の役割であり、世話になったディアン工房長への恩返しでもあるのだ。


「おれの考察だけど、ハルトの『光の翼』は周囲に『蠕動者』が放出した高濃度の宇宙線が拡散されていたからこそ生み出せたのだと思う。そのメカニズムについてはまだ解析の余地があるけど、理論はまとめてある。あとは君次第だ、ノア」


 航はタブレット端末を操作して、少年のメールアドレスにファイルを送信した。

 それにじっくりと目を通したノアは頷き、鋭い眼光で航を見上げる。


「これが完成すれば、ベラちゃんたちを守れるんですね」

「ああ」

「なら、やります。ぼくにやらせてください」


 本気の炎を燃やし始めた少年の肩に手を置き、航は言う。


「いい返事だ。納期はあと三日……無茶ぶりもいいところだけどやってくれ」


【ノヴァ・アクエリアス】の完成がぎりぎりになった関係で、出航してからの作業になってしまったことは申し訳なく思う。

 だがそれも構わず、ノアは快く引き受けてくれた。

 パイロットと機体。どちらも万全に整えて、来る敵との邂逅に備えるのだ。



 それからの航の動きは早かった。

 ハッブル艦長に話をつけた彼は、ノアを『フリーダム』へと派遣。

 そこで【ノヴァ・アクエリアス】に実装する新装備の開発を急ピッチで進めることとなった。


「ノアだけでなく、おれまで一緒に来てくれとは、どういう風の吹き回しで? 艦長」

「わざわざ呼びつけて済まなかったな。だが内密の話なのだ」


 ハッブル所有の小型シャトルにて、航はノアの同行者という形で『フリーダム』へと乗艦していた。

 少年をメカニックチームのもとへ送り届けたあと、彼はハッブルに声をかけられて艦長室へ通されたのである。

 人払いを済ませて一対一の状況。ただ事ではないなと航は直感した。


「手短にお願いしますよ」

「分かっている。では結論から話すが……『星野号』から妙な電波が発信されているのだ。傍受を試みたが巧妙に暗号化されており、解析できなかった。この通信に心当たりはあるかね?」

「ありませんね」


 正直に答える。

 長い銀髪の若き天才は鈍い光を湛える目で航を射抜き、しばし秤にかけるように見つめていた。


「……私の目には君の発言に嘘はないと映っている。では君を白とすると、『星野号』クルーの中に不審な通信を外部と行っている者がいることになるな」


 内部にスパイが存在しているかもしれない。

 そう疑ってくるハッブルに対し、航は「ありえませんね」と肩を竦めた。


「十中八九、あなたはベラちゃんを疑っているのでしょうが……彼女が財団に味方することはありませんよ。あったとしてもポーズだけです」

「ポーズだけなら良いのだがな。しかし実際に彼女はジョン・アレクサンドラに『星野号』のスパイをすると明言し、【ノヴァ・アクエリアス】も受領した。『星野号』と財団、長い目で見てどちらの味方をするほうが得か……。彼女も経済を学んでいる人間なのだ、最初はポーズであっても心変わりがあってもおかしくはあるまい」


 突きつけられた疑念に航は反論することができなかった。

 彼女が絶対に味方であるという証拠はない。だが敵であるという明確な根拠もない。これは悪魔の証明だ。


「というか……なんで彼女が財団の協力を取り付けた経緯を知ってるんです? 秘密なはずだったんですけど、これ」

「財団周りの情勢は常に嗅ぎ取っている。最近はきな臭い動きも多いのでな」

「まぁ、それは確かにそうですが……」

「星野艦長、ベラ・アレクサンドラの身体は『N義体』だったな」


 ふいに訊かれ、航は面食らいつつも「はい」と答えた。

 この男は思考をいち早く言語化するために言葉のワンクッションを省く傾向がある。


「彼女にその気がなくとも、『N義体』を通して電波が流れている可能性はないか? 彼女の身体を我が艦で調べさせてもらいたいのだが」

「ちょっと待ってくださいよ!」


 航は思わず声を荒げた。それがあまりにも無遠慮な物言いだと思ったからだ。


「彼女は自分の身体を見せるのも怖がって、一切露出のない長袖をずっと着てるんですよ。そんな子の身体を調べ上げるだなんて、許可できない!」

「他艦のことだ。君の同意を得られなければやむを得んが……何か起こってからでは遅いのだぞ。本当に良いのか」

「話は終わりです! この問題はこちらで解決します!」


 柄にもなく語気を強め、航は椅子を蹴飛ばしそうな勢いで席を立った。

 有無を言わさず部屋を退室した彼は、肩を怒らせてシャトルへと急ぐ。


 ――やっちまった。


 そう後悔したがもう手遅れだ。このまま険悪な状態で『ジュゼッペ基地』での戦いに突入してしまっては不味い。すぐにスパイ疑惑を解決して、ハッブルとの関係を修復する必要がある。


(こんなとき、立花さんがいてくれたら……)


 きりきりと胃が痛み始めるのを感じながら、航は胸中で呟く。

 無いものねだりをしても仕方がない。

 艦に余計な不和をもたらさないためにも、自分一人でこの問題をどうにかしなければならない。

 と、航がシートベルトを締めた、その時。

 シャトル内にアラートが鳴り響き、助手席のクルーが引きつった声を上げる。


「てっ、敵影っ!?」

「早く出して! おれは『星野号』に戻る!」


 発進を躊躇する若いクルーに怒鳴りつけ、航は舌打ちした。

 艦に戻って指揮を執る。ベラとかなめ、それにカミラを出撃させて、彼らが『星野号』を本気で思うパイロットだと証明するのだ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?