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第33話「だっさいなぁ……」

「敵出現! 数は……三十体以上です!」


『星野号』ブリッジにて、オペレーター席に着いていたカミラが声を上げる。

 その報告に操舵手のスミスは顔を歪めた。


「またか! 目的地に近づくほど増えてやがるな、敵さんは……!」

「どうします、スミスさん!?」


 現在、艦長とノアは『フリーダム』に出払っていて不在だ。

 ベラとかなめを出すべきか――逡巡したスミスが判断を下すのに先んじて、シミュレーションを中断してブリッジに駆け込んできたベラが叫ぶ。


「わたしたちで出るわ! 『フリーダム』の【ノヴァ】部隊を援護する!」

「ボクらとあの人らとの連携も練習せんとあかんしなぁ。あちらさんにもそう伝えとき」


 かなめの考えもベラと同様だった。

 了解したと答えるスミスを尻目に、二人は更衣室に駆け込んでパイロットスーツに着替え、【ノヴァ】格納庫へと急ぐ。

 散々繰り返したシミュレーションを実践に移す時だ。

 普段以上に気合いの入った足取りで床を蹴り、無重力に任せてふわふわとコックピットまで乗り込んでいった。


『ハッチ開放、システムオールグリーン。【ノヴァ・アクエリアス】発進どうぞ!』

「ベラ・アレクサンドラ、【アクエリアス】で出撃するわ!」


 一部省略したカミラのオペレーションに従って、ベラは機体を発進させた。

 その後にかなめの【キャンサー】も続く。

 カタパルトの推力に後押しされて一気に前進、前方二〇〇〇メートルに出現した敵群へと急いだ。


『こちらエルルカ・シーカー。「星野号」のお二人さん、聞こえる?』

「こちらベラ。問題ありません。これより合流します!」

『補給艦が随伴していない都合上、フリーダムは砲を無駄撃ちできない。本命の基地に着くまでは【ノヴァ】だけで戦線を切り開くしかないわ。頼むわよ!』


 一パイロットとして頼りにされていることを嬉しく思いつつ、ベラは威勢良く「はい!」と敬礼を返す。

 グッド! と親指を立てるエルルカ。

 彼女らの部隊は既に先行し、敵前に展開していた。二機一組のロッテが二組、合計四機を一個小隊と数え、【ノヴァ】十二機の三個小隊が接敵している。


『このエルルカ様の実力、見せてあげる! 着いてきなさいよケネス!』

『行けたら行きます』


 高らかに宣言するエルルカに、無気力に応答する男性パイロット。

 小隊の連携をガン無視して爆発的な勢いで前に出るのは、エルルカ・シーカーの【ノヴァ・パイシーズ】である。

 半魚人を思わせる異様な容貌。青色のボディの上半身は槍を持った人型、下半身はイルカの尾のようで脚というものが存在しない。

 設計者のハッブル曰く「足など飾りなのだよ」。

 宇宙という海を泳ぐように加速するその機体の最高速度は、マッハ五〇を超える。


『さぁ、エキサイトしましょ!!』


 肉眼で捉えることはもはや叶わない。

 味方パイロットをも置き去りにする音速で敵の背後を取り、即座にうなじへと槍の穂先を叩き込む。

 突き抉っては次の獲物へ食らいつく。

 血飛沫の花火が次々と打ち上がるその光景に、ベラはつい唖然とした。


『【トーラス】に乗ってた時はまだ追いつけましたけど、これじゃあね……。俺らの出る幕ありませんよ』


 エルルカとロッテを組むケネスという青年のぼやきに、ベラは苦笑する。 

 一人あぶれてしまった当のケネスは他のロッテと合流、三機一体のケッテと呼ばれる編隊に移行。三個小隊を餌と見て突撃を開始した敵軍を躱しながら、ビームライフルによる迎撃で的確に沈めていく。

 瞬く間に二体を討った彼らの腕前に、ベラは瞠目した。

 これが『フリーダム』。

 エルルカのみならず、他のパイロットたちも並外れた精鋭たちなのだ。


『ちぇっ、あの人らのいいとこ取りー?』

『わたしたちは討ち漏らしをカバーするわ。艦の弾薬を温存する都合上、これも立派な役割よ』


 口を尖らせるかなめに、ベラは冷静な口調で諭す。

 出撃前の高ぶりはもう落ち着いていた。クリアな眼差しで戦場を俯瞰するベラは、敵の隠れていそうな遮蔽物をマークする。

 十時の方角に中程度の小惑星あり。彼らが『基地』に近づく者を阻む尖兵だとしたら、あの辺りに潜んでいると見るのが自然――。


「あの小惑星を警戒して! 敵の伏兵はおそらくあそこにいるわ!」


 ベラの言葉に『フリーダム』パイロットたちが反応する。

 出現した三十体をものの数分で片付けた彼らは速度を落としつつ身構え、小惑星を取り囲むように少しずつ接近していく。

『エレス事変』で戦った『知性体』は小惑星そのものに擬態していた。不用意に刺激しては危険――警戒しつつ即座に後退できる準備をしろと、エルルカは指示を打つ。


「待って――囮なら、わたしが!」


【ノヴァ・アクエリアス】の防御力ならば複数体の『蠕動者』の突撃にも耐えられる。

 自ら囮役を買って出たベラにかなめの【キャンサー】も随伴、一気に前に出る。

 エルルカも彼女の機体が適役だと判断し、その場を任せた。


 ――大丈夫だ。絶対に死なない。自分の機体を、信じろ!


 そう己に発破をかけ、意を決して飛び込んでいく。

 巨大な岩塊の上に躍り出て、その裏側を覗き込んだ瞬間――彼女は虚を突かれて口をぽかんと開けた。

 何もいない。そこにあるのは灰色の岩肌であって、『蠕動者』のぬめりを帯びた赤黒い肌ではなかった。

 良かった――そう安堵したのも束の間。

 横っ腹から突き飛ばすような衝撃に、ベラの視界に白い星が舞った。


「あがッ――――!?」


 濁った音が喉から漏れ出る。シートベルトが胸に食い込み、揺さぶられた髪が乱れて顔に張り付く。

 一体何が起こったのか。

 眉間に皺を刻み、必死の形相でモニターを睨んだ彼女は現状を理解して歯噛みする。


「『蠕動者』――!」


 死角から侵入した『蠕動者』の突進。ミサイルのごとく突撃してきた『蠕動者』が加速し、【アクエリアス】をこの宙域から押し出さんとしているのだ。

 サブスラスターを使って推力を相殺しようとするが、乗算的に増していく『蠕動者』の運動エネルギーを削ぐには至らない。

 背後を見ると、敵の尻尾が炎のように燃えて散っていた。己の身体をエネルギーに変換してでも加速し、【ノヴァ・アクエリアス】を戦域から遠ざけようとしているのだろう。

 本能で喰らうのではなく、戦略的な判断で敵を追放する。

 間違いない――この『蠕動者』の裏で糸を引く『知性体』がいる!


『ベラちゃんっ!!』


 割れんばかりの声で叫び、【アクエリアス】と『蠕動者』を猛追するかなめ。

 エルルカも彼の後に続こうとしたが、しかし――新たに目覚めた『蠕動者』の群れに道を阻まれてしまった。


「かなめ……!!」


 ベラは縋るように少年の名を呼んだ。

 操縦桿を必死に動かしても機体はびくともしない。『蠕動者』の粘液がべったりと装甲に吸着し、離さずにいるのだ。


「どうしようっ、どうすれば……!?」


 このまま艦を離れ続ければどうなる?

 二度とあの場所に戻れず、宇宙で朽ち果てることになってしまったら――。


「助けて……助けて、かなめ……! 艦長……!」


 最悪の結末を想像した恐怖に喘ぎ、ベラは共に戦う少年と敬愛する艦長を求めた。



『星野号』のブリッジに転がり込んだ航が目にしたのは、【ノヴァ・アクエリアス】が艦の後方へと凄まじい勢いで流されていく光景であった。


「ベラちゃん!!」


 早く――早く助けなければ。このままでは最悪、ベラも【アクエリアス】も失う。


「『フリーダム』に繋いで! 航行を止めさせる!」

『それはできない相談だな、星野艦長』


 なりふり構わずカミラに命じた航へと、ハッブル艦長が制止をかけた。

 敵が出現した時点で既に回線はリンクしていた。モニター越しに厳然とした眼差しで見下ろしてくるハッブルに、航は唇を噛む。


「っ、でも……!」

『「ジュゼッペ基地」の人命救助が最優先だ。今こうしている間にも向こうでは兵士たちが命を散らしている。状況は一刻を争うのだ』


 理屈では分かる。航もそのつもりで『星野号』を発進させた。それでも――。


「頼むよハッブル艦長! この通りだ……あなたのためなら何だってやる、靴の底だって舐めてやる、だからっ……頼みます……!」


 ハルトを失って、立花も離脱して、そのうえベラまでも死なせてしまったら、航はもう耐えられない。

 青年は顔をくしゃくしゃにして頭を下げる。

 そんな彼に対し、銀髪の寵児はどこまでも冷徹だった。


『艦は止められん。「蠕動者」を討伐でき次第、我が艦のノヴァ部隊は撤収させる』


 ベラを救出していては『フリーダム』側のノヴァも艦に戻れなくなる。

 それは理解できても、航は歯噛みせずにはいられなかった。


「艦長、私が出ます」

「ダメだカミラ。【トーラス】の推力では追いつけない」


 いてもたってもいられず申し出たカミラを、航は止めた。

 艦長席に着き、ふーっと長く息を吐いた彼は、平静さを取り戻した面持ちでまっすぐモニターを見つめる。


「ハッブル艦長の言うとおりだ。艦は止められない。おれたちも何もできない。けど彼なら……かなめくんの【キャンサー】だったら、ベラちゃんを助けられるかもしれない」


 頼みの綱はもはや彼だけだ。

 一縷の望みを少年に託し、航たちクルーは固唾を呑んで命運を見守る。

 祈ることしかできない現状がもどかしい。だが彼ならやってくれると、信じる以外に道はなかった。



「いま助けるでッ、ベラちゃん!」


 助けて、かなめ――少女の悲痛な声を聞いた水色髪の少年は、スラスターを最大出力にして加速した。

 腕に装備した『アームウェポン』の『メガビームガトリング』を構え、『蠕動者』の背後、項を狙って光弾の連射を畳みかける。


『――――――――!!』


『蠕動者』の声なき痛哭。身体を捩らせ悶えている様子だが、ベラを放す気配はない。


「こうなったら――」


 断腸の思いでかなめは『蠕動者』の全身へと、先程までより威力を強めた光条の乱射を浴びせた。

 たとえ攻撃に巻き込まれようとも、ベラの【アクエリアス】なら耐えられる。

 そう思ったのも束の間、彼は向かう先に黒々とした塊を認め、舌打ちした。


「あかん、ぶつかる!」


 残り二〇〇〇メートル。この加速度ならばほんの数秒で到達する距離。

 早く敵を倒してベラを解放し、急制動をかけてもらってあの隕石との衝突を避けなければ――。


「クソッ!」


 敵は蚯蚓みみずのような原型を失い、もはやただの肉塊だ。それでも顎は【アクエリアス】の肩部装甲に食らいつき、死を前にした筋肉が最後の力で離すまいとしている。


 ――残り一〇〇〇。


 加速する生ける屍から逃れようと少女の機体がもがく。


 ――残り五〇〇。


 少年の【ノヴァ】が限界を振り切って背中から青い炎を吐く。


 ――残り二五〇。


【キャンサー】の伸ばした腕が囚われの【アクエリアス】へと触れる。


「ベラちゃん――!!」


 燃え尽きようとしている『蠕動者』の残骸から強引に彼女を引き剥がす。

 その直後――眼前に真っ黒い岩盤が肉薄し、かなめは【アクエリアス】を抱き留めたまま機体の向きを翻した。


「ぐっ……!!?」


 スラスターを全開にするが勢いは殺しきれず、背面部から岩盤に激突する。

 衝撃に濁った喘ぎを吐くかなめ。

 ガガガッ! と装甲を削りながら滑りゆく【キャンサー】は、中のパイロットを前後左右に散々揺さぶった挙句、やがて停止した。


「……っ」


 システムがアラートを掻き鳴らしている。どうやらスラスターが完全に逝ってしまったらしい。

 倒れたシートから身体を起こし、這い上がるように操縦桿へと手を伸ばす。


「動けっ……動いてっ……」


 しかし【ノヴァ】は応えてくれない。

 泣き叫んでしまいたい衝動を何とか堪え、かなめは乾いた笑みをこぼした。


「だっさいなぁ……」


 助けようとした結果がこれだ。

『蠕動者』は倒せたが、機体は機能停止。これではベラのお荷物になるだけ。

 こうしている間にも『フリーダム』は目的地へと前進しているだろう。たとえ今からここを飛び立ったとしても、追いつける可能性は限りなく低い。


「なぁ……ベラちゃん……」


 どうせ戻れないのなら、最後に彼女の声を聞きたい。

 かなめはそんな思いで通信回線を開き、【ノヴァ・アクエリアス】へと繋いだ。

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