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第14話「気づいた事実に可能性を見出し」

 数日、ニンベン屋からIDカードが届くのを待つ間に源二はいくつかの料理を味覚投影なしで食べられる状態にまで仕上げ、ヨシロウはそれをひたすら「うまいうまい」と言って食べるbotと化していた。


「ヨシロウ……」


 今日も料理を満足そうに試食するヨシロウに、源二が心配そうに声をかける。


「……太らないか……?」

「あぁ? プリントフードなんてカロリー計算完璧にされて作られているし、太るわけ——」


 そう反論したヨシロウだが、そこで気づいてしまった。


——なんか、ウェストきついかも。


 その瞬間に顔色が変わったのだろう、源二が苦笑してはい、とジャケットを手渡す。


「というわけで散歩だ。ヨシロウ、この街を案内してくれ」


 源二から散歩に誘ってくるとはどういう風の吹き回しだ。そう、考えるもののヨシロウもすぐに頷いてジャケットを羽織る。


「ああ、いいぞ。どうせ今日は暇だろうしお前の散歩に付き合ってやる」


 フリーランスのいいところは時間の都合がつけやすいところだろう。ハッキングの依頼は頻繁に来るわけでもなく、受けていた依頼も全て終わらせた後。こういう時は営業を掛けたりすることもあるが今日一日は源二に付き合って街を案内するのも悪くない。


 天気予報を確認すれば快晴で、気温も散歩するのに申し分ない。

 トーキョー・ギンザ・シティは高層ビルに囲まれているため地上に日光が射すことはほぼないが、それでも気温がそれなりにあるのなら歩いていて気持ちいいはずだ。


 源二も同じことを思っていたのだろう、ジャケットを羽織りながら楽しそうにヨシロウに続いて家を出る。

 家からフードトナー屋までの道は覚えたが、まだこの街のどこに何があるかは把握していない。今後一人で出かけることも増えるだろうし、源二としては多少の地理感を備えておきたいところだった。


「——さてと、どこに連れていきますかね」


 行きたいところあるか? と尋ねるヨシロウに、源二が「そうだな」と呟く。


「とりあえず、みゆき通り辺りをを回ってみたい」

「え、ミユキストリート知ってるのか?」


 源二のリクエストに、ヨシロウは驚いて声を上げた。一方で、源二も思いついて口にした商店街が名前は変わっているとはいえ存在していることに驚いている。


「まぁ、俺がいた場所にもあったからな。こっちではどうなっているか見てみたい」

「なるほど」


 源二もヨシロウも共通認識として源二がいたのは少なくとも百年以上は前の時代、というものがある。そうなると知っている場所に足を運んで現在どうなっているか確認したくなるのは無理もない話だ。

 分かった、とヨシロウが頷き歩き出す。


「ミユキストリートはそんなに遠くないからな。歩いていける。ついでに周辺の店とか教えてやるよ」


 ヨシロウとしてはトーキョー・ギンザ・シティの中でもこの辺りは庭みたいなものだった。裏社会で生きていると地域との密着は死活問題にも関わってくる。警備局に追われたヤクザの若い衆を地域の人間が匿うのも日常茶飯事だ。


 この店は電子パーツ、こっちは義体のメンテナンスパーツ……などとヨシロウが説明すると、源二はふむふむと頷きながら興味深そうにショーウィンドウを眺めたりしている。


「……義体、あるんだ」


 サイバーパンク系の創作物ではお馴染みの義体が当たり前のように売られていることに、源二は興味津々でショーウィンドウに置かれた義肢やその他のパーツを眺めている。


「義体なんて珍しくも何ともねえよ。俺だって導入してるし」

「えっ」


 生身じゃないのか、と尋ねる源二に、ヨシロウはまあな、と言って右手を挙げ、源二の目の前でマニュピレータを展開する。


「おぉ……」


 合計二十本の指に分かれたヨシロウの右手を興味深そうに眺め、それから源二はため息をついた。


「俺、本当に未来に来てしまったんだな」


 もう数日が経過しているが、それでも心のどこかで「これは夢だ」と思っていた源二。

 だが、こうやって創作物で見た想像図そのままの街や人を見ていると嫌でもこれが現実だと思い知らされる。


 そんな源二の思いはつゆ知らず、ヨシロウはマニュピレータを何度か動かしてから元に戻し、義体パーツショップのショーウィンドウに視線を投げる。


「まぁ、全身生身でいるに越したことはないけどな。お前は別に義体を導入する理由なんてねえんだ、そのままでいろよ」

「……ああ」


 神妙な顔で源二が頷く。

 そのまま湿っぽい空気になったまま二人は無言で街を歩き、ミユキストリートへと足を踏み入れた。


「ここがミユキストリートだ。どうだ、お前がいた頃とはどう変わっている?」


 重い空気を払うようにヨシロウが声をかける。

 ぐるりと周囲を見回し、源二はへえ、と声を上げた。


「店のラインナップは全然違うが、なんか懐かしいな」


 様々な店が並び、多くの人が往来するミユキストリートは店の種類も外観も全然違うものになっていたが、それでもある種の懐かしさを源二に覚えさせた。

 ざっと見たところ飲食店も数多く並んでおり、何人もの客が提供されたプリントフードを食べている。


「……こっちは和食、あっちは中華——。一応、メニューで差別化を図っている感じか」


 ミユキストリートを歩きながら、源二は立ち並ぶ店を見ては取り扱っているものを確認している。

 そうだな、とヨシロウも頷きながらざっくりと説明した。


「まあ、フードプリンタは結局のところトナーもレシピも共通のものだからどの店で食っても同じものなんだよ。料理屋なんて基本的にエナジーバーは食いたくないがフードプリンタを動かすのが面倒な奴が食いに来るか、常連同士で情報交換する場所みたいなものだ」

「……そうか」


 ヨシロウの説明に、源二も納得する。

 確かに、フードプリンタを動かす際に開くレシピはプリンタのメーカーとは全く関係のない企業のデータベースにあるものだ。レシピが共通のものであれば使うフードプリンタが違っても同じ料理が出せる、というのは効率化されたこの社会では合理的である。


「メニュー面での差別化は難しいが、それでも俺が出力する料理は他の店にない強みがある。そうなると生き残れる可能性は高そうだな」

「お前、まさか……」


 この時になって、ヨシロウはようやく源二の意図を理解した。

 源二が「案内してくれ」と言ったのは料理屋が比較的多いエリアを歩き、店を比較し、競合店がどのようなものになるか調査したかったためだ。いくら源二の料理が「味覚投影オフで味わえる」という唯一無二のものであったとしても、それは実際に食べてみないと分からないし、味覚投影に慣れ切った人間にいきなり「味覚投影オフにしろ」と言っても敬遠されるのが目に見えている。


 それでも「生き残れる可能性は高そう」と言葉にしたのは何か勝算があるのだろうか。

 源二の料理は「食べれば分かる」。逆に言うと「見た目だけでは差別化できない」。

 この問題をどうクリアする? 試食でもするか? そんなことを考えると一気にヨシロウの胸を不安が塗り潰すが、隣に立つ源二はそんな様子を微塵も見せず周りの店を観察している。

 源二の勝算とは一体何だろうか、そんなことを考えながら、ヨシロウは「次に行くぞ」と声をかける。


 だが、源二はその場に佇んだまま、何かを確認している。


「どうした?」


 焦ったくなり、ヨシロウが源二に声をかける。

 声をかけられ、源二がはっと我に返り、すまんと謝る。


「いや、この辺り飲食店が多いのに食べ物の匂いはしないな、って」

「食べ物の匂い?」


 聞き慣れない言葉にヨシロウが思わずおうむ返しに尋ねる。


「ああ、確かにプリントフードは味覚投影で味を再現するから匂いなんて必要ないもんな。なら客を引き寄せるのは簡単だ、匂いをつければいい」


——こいつ、突拍子もないこと言うな。


 源二の言葉に真っ先にヨシロウが思ったのはそれだった。

 匂いで客を引き寄せる? そもそも料理に匂いとはどういうことだ? と分からないことだらけである。


 確かに匂いによっては人を引き付ける力があるのは分かる。安っぽい娼婦は香水の匂いで男を寄せ付けるのは常套手段だ。

 しかし、それを料理に使うというのが理解できない。そもそも、プリントフードに匂いをつけることができるのか?

 そんなことをヨシロウが考えていると、源二はうん、と一つ頷いて踵を返した。


「よし、思いついたから後で実験だな。ヨシロウ、帰るぞ」

「え、なんだよ教えろよ」


 源二に並んで歩きながらヨシロウが声を上げる。


「うまくいくまでは企業秘密だ。だが覚悟しとけよ。お前をあっと言わせてやるから」

「もう何度も言ってるだろ」


 そんなことを言いながら、二人は帰路につく。

 一体源二は何を企んでいるのか。

 そんなことを考えつつ、ヨシロウはヨシロウで客寄せの作戦を考えていた。

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