"怒の魂"はイザベル姫の4つの魂の中で唯一自我を持ち、自らの意思で気配を消せる特殊な存在だった。
奴の目的は、人々の中に眠る"憎悪"の感情を目覚めさせ、意のままに操り弄ぶこと。
ミノタウロス族に対する潜在的憎悪と炎属性の強力な力を有するマチルダは奴にとって好都合な宿主であった。
だが、奴の野望を阻む者──特に、悪の魂の波動を感じ取り、危険を察知する能力を持つセラフィスを内に宿すアストリアは目障りな存在だった。
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"怒の魂"は静かに囁く。
だが、正面からアストリアに挑むことは危険だ。
だからこそ、ギルバートに罪をかぶせ、アストリアの純粋な正義感を利用してセラフィスとの絆を引き裂き、アストリアを弱体化させる計画を立てたのだ。
そして、計画は見事に成功した。
アストリアの正義感の暴走により、セラフィスは彼の体から分離され、互いに孤立したのだ。
さらに、"怒の魂"は、マチルダの心中を探り、彼女がセラフィスに恋していることを知っていた。
奴は彼女の怒りの心を刺激する。
「全部……あなたのせいよ!」
マチルダの叫び声が、静まり返った森に響いた。
アストリアは驚きながら顔を上げた。
「俺の……せいだと?」
「そうよ!」
マチルダの目には怒りと涙が混ざり合っていた。
「セラフィスとあなたが、こんな風に離れ離れになったのは、あなたがギルバートを斬ろうとしたからじゃない!」
「俺は....俺は、
アストリアの声は震えていた。
「それなのに、セラフィスが俺を止めようとして....あいつが....あいつがおかしいんだ!」
この言葉にマチルダの表情が凍りついた。
「もういいわ!もうあなたに付き合っていられない!」
マチルダは背を向け、荒々しい足取りでその場を去っていった。
「ああ、好きにしろ!」
アストリアも腕を組み、そっぽを向くが、その声はわずかに震えていた。
「待てよ、マチルダ!」
ローハンは慌てて彼女の背中に向かって声を張り上げた。
「セラフィスはきっとギルバートと一緒にいるはずだ!だから、奴を追えば──」
だが、マチルダはその言葉を無視するように歩みを止めなかった。
「聞いてくれ!セラフィスを取り戻すには、まずはギルバートの居場所を突き止めるしかないんだ!」
ローハンの声が必死さを増していく。それでもマチルダは振り返らない。
「マチルダ!」
彼が再び呼びかけるが、彼女はその声に耳を貸さなかった。
マチルダの背中が森の中に消えて行った後、アストリアは膝から崩れ落ちた。
その時、ハウロンとセラフィスの言葉がふと彼の頭をよぎった。
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(ハウロン)
「その『正義』が何なのかを考えないまま、どちらも剣を振り下ろす。そして血を流し合い、戦争は終わらないんだ。」
(セラフィス)
『争いを完全に終わらせるのは難しい。けど、僕達の旅が誰かに希望を与えることは出来るかもしれない。すぐに結果が出なくても、未来を信じて動き続ける。それが今の僕達に出来ることなんじゃないかな。』
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この言葉が彼の胸を刺す。
「俺が……
「何が....何が
静寂の中、彼は一人拳を地面に叩きつけ、ただ、ひたすらに泣き続けた。
「アストリア....」
ローハンは、そんな彼の背中をただ見守ることしか出来なかった。
そんな中、マチルダの中に潜む"怒の魂"は、一人"微笑む"のだった....。