深い夜の帳が降りた森林の中、葉を揺らす冷たい風がアストリアの頬を打つ。
あたりには月明かりも届かず、唯一の光はマチルダの弓矢の炎だけだった。
「おい、マチルダ!」
アストリアが剣を構えながら声を張り上げる。
「何で俺達が戦わなきゃならねえんだ!」
だが、マチルダは答えない。
その瞳は生気を失ったかのように静かに炎の矢を番えていた。
「なんで何も答えねえんだよ!!」
アストリアは地を蹴り、一気に間合いを詰める。
マチルダの炎の矢が空を裂き、アストリアの目の前を掠めた。
瞬間、矢が背後の木に突き刺さり、激しい爆発音とともに燃え上がる。
その熱気がアストリアの肌にまで届く。
「これが“怒の魂”の力ってわけか…!」
アストリアは舌打ちしながらも、ひるむことなく剣を振るう。
剣が放つ風圧が炎を切り裂き、マチルダの肩にかすり傷を負わせた。
だが、それでも彼女は怯まない。
表情ひとつ変えずに素早く体勢を整え、次の矢を番えて再びアストリアに放つ。
「チッ...速え!」
アストリアはとっさに地面に飛び込み、炎の矢をかわす。
しかし、その矢が地面に命中すると、爆風がアストリアを吹き飛ばした。
木々の間に叩きつけられたアストリアは、胸を押さえながら立ち上がる。
「おい、いい加減にしろ!俺達は仲間だろう?忘れたのか!?」
「
どこからともなく不気味な声が響いてきた。
アストリアは目を疑った。
その声は、明らかに目の前のマチルダから発せられている。
マチルダの口元がゆっくりと歪み、再び不気味な男の声が響く。
「この小娘の体もだいぶ扱い慣れてきた。怒りに飲まれた人間は、何とも使いやすいものだなァ....。」
「・・・誰だ!」
アストリアは剣を握る手に力を込めた。
「誰でもいいさ。今のお前にこの俺を止められるはずもない....。」
その声には余裕すら漂っていた。
マチルダの弓がきしむ音とともに、一本の炎の矢が番えられる。
その瞬間、アストリアは本能的に危険を察知した。
「サギッタ・アルデンス(燃え盛る矢).....!!」
“怒の魂"が低く鈍い声で呟く。
それと同時に真紅に輝く矢が放たれた。
その一矢はまるで夜空を裂く流星のように燃え上がり、アストリアに向かって一直線に迫る。
その激しい熱が周囲の木々を燃やし、あたりの空気を一瞬にして灼熱の海に変えた。
(くっ...こいつ、マチルダの技もコピー出来るのか...!!!)
アストリアは一歩踏み出し、剣を高く掲げ、喉が破けるほど叫ぶ。
「それは、マチルダの技だ!お前に使う資格はねえ!!!」
"怒の魂"は鋭く切り返す。
「知るか。俺はこの男、ゾグナスと契約したんだ。奴は言った。『俺と組めば、もっと楽しませてやる』とな。俺は破壊の限りを尽くせればそれでいい...何もかもぶっ壊すこの快感はたまんねェ...一生このままでもいいかもなァ」
アストリアはマチルダ、いや"怒の魂"めがけて一直線に突っ走る。
「・・・このッ外道がァァァ!!!!」
瞳には決意の光が宿り、全身に力が漲る。
「フルメン・デイ!(神の雷)!!!!」
天を突く咆哮とともに、アストリアの剣が放つ雷光が空を引き裂いた。
蒼白い雷が夜空を駆け、彼の剣先に収束する。
そしてその刹那、剣から放たれた雷撃が炎の矢に向かって突き進む。
雷と炎が激突した瞬間、世界は一瞬静寂に包まれた。
だが、その後すぐに爆音が響き渡り、衝撃波が四方に広がる。
地面が震え、木々が次々と根元から吹き飛ばされる。
アストリアは全身でその衝撃を受け止め、何とか踏みとどまったが、その場に立っているのもやっとだった。
衝撃波が収まり、立ち込める煙の中から、ゾグナスの声が響いた。
「何だと…この雷撃…この小僧がここまでの力を持っているとはな…!」
その声には驚きと焦りが混ざり合っていた。
ゾグナスは兵士達に手を振り、命じた。
「マチルダを連れて撤退だ!奴らに魂を奪われるわけにはいかん!」
ゾグナスの命令に従い、兵士達は動き出す。
マチルダを支えるようにして彼女を連れ去り、暗闇の中へと消えていく。
アストリアはその背中を睨みつけながらも、もう既に追う余力は残されていなかった。
煙が晴れると、そこには捕虜として連れてこられた人々が呆然と立ち尽くしていた。
その中には、ステレ村の人達もいた。
ただ一人ハウロンを除いて.....。
彼らは一様に解放されたことを理解し、感極まったように互いを抱きしめ合った。
「助けてくれて、ありがとう…」
村人の一人がアストリアに礼を言ったが、彼は肩で息をしながら、それに応える余裕もない。
ただ剣を地面に突き刺し、頭を垂れた。
その場にただ一人残されたアストリアは、手の中の剣を握りしめた。
マチルダを救えなかった悔しさが胸を締め付ける。
(マチルダ、ハウロン....絶対に救い出す...待っていてくれ。)
月明かりのない森の中で、彼の瞳だけが静かに燃え続けていた......。
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静寂が訪れると、レジスタンスのメンバー達が安堵の声を漏らす。
ギルバート、ローハンがアストリアに駆け寄り、その肩を力強く叩いた。
「やっぱりお前は俺達のアストリアだ!」
アストリアは少し照れくさそうに笑いながらセラフィスのほうを向く。
そして小さく頭を下げた。
「セラフィス、そして皆んな、俺の無鉄砲さを謝るよ。本当に悪かった。」
セラフィスは静かに頷き、その場で手を差し出した。
「いいさ、お互い様だ。」
二人の手が握られる瞬間、これまでのわだかまりが解けたような暖かさがそこにあった。