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第32話

       32


 リィファは、眼前に捧げるようにした左手を返す。鳩尾への掌底を、ジュリアは掌が外向きの右腕で方向を変えた。

 腕を密着させたまま、リィファは時計回りに九十度回転。ジュリアの右側で右腕を引っ張り、開いた左の掌を打ちつける。

 だがジュリアは、引かれた方向に身体を傾けた。虚を突かれたリィファは体勢を崩し、手のコースが若干だが変わる。

 首に当たった瞬間、リィファの視界に二本の脚が侵入。即刻、頬に両の踵が衝突する。

 ふらつきながらも、リィファはもう一度、くるっと反転した。ジュリアの後ろに入り、がら空きの腹部を足の甲で蹴り上げる。

 ジュリアの下半身は、半円の軌道で大きく前に行った。前方倒立回転を終えて、すとんと綺麗に両足で着地。

 リィファがジュリアに向き合うと、二人の距離は歩幅二歩分まで離れていた。

(攻撃の勢いが、微妙に受け流されてる! もっともっと、動きを先読みしてかなくちゃ! そうしなきゃ勝てっこない!)

 さらに没入するリィファは、ひたひたとジュリアに近づく。ジュリアはすぐさま、水平に伸ばした左手を後方に遣った。

 ひゅんっと空気を切り、鋭い平手打ちを見舞ってくる。

 右上腕で逸らして、同じ手で手首を捕まえた。そのまま左肩を脇に入れて、ジュリアの胸の前の左手で後方に押す。

(脇の下は急所! 今の投げは、かなり効いたはず!)

 リィファが高速思考をしていると、背中から落ちたジュリアは、斜め気味の後転で立ち上がった。加速とともに、身体を沈め始める。

 左手と右足だけを地に突くと、ジュリアは右足で踏み切った。

 捻れた倒立の姿勢から、右足の甲が飛んで来る。肩に受けたリィファは後退し、二人の間に間隔が生まれる。

「もー、ふらふらじゃん。さすがのリィファちゃんも、一日に五試合は、ちょいきつめだったかな? 次の蹴りで、ケリを付けたげるよ。って、また名言を生み出しちゃった。『蹴りでケリ』。あたしって、ほんと詩人だよね」

 深く考えていない調子で、ジュリアは興奮気味に話した。だが発言が終わるなり、はぁはぁと荒い呼吸を再開する。

「ジュリアちゃん、これまでありがとう。みんなによくしてもらって、この二週間、とっても幸せだった。誰よりも幸せなわたしは、誰にも負けないんだから。今から証明して見せるよ」

 くっと口角を上げたリィファは、緩やかに想いを吐露した。優しい微笑がジュリアから返ってきて、二人は同時に走り出した。

 ジュリアは二歩目で、くるりと後ろを向いた。すばやく体勢を戻しつつ、左脚を弧状に上げていく。

 やや遅れて、超スピードで右足が追随。ぶぉんと音がして、リィファの側頭部に上段蹴りが迫ってくる。

 見切ったリィファは、すれすれで反転。大股で二歩離れて、勢いを付けて近寄った。着地後のジュリアの背中を全力で打ちつける。

 ジュリアは前へと蹈鞴を踏んだ。すかさずリィファは、機敏に足を運ぶ。蹴り、突き、肘打ち。

 目にも留まらぬ連撃の最後に、後頭部、延髄を目掛けて手刀を放つ。

 リィファの寸止めの後、二人はぴたりと静止した。耳に届いていなかった観客の声が、リィファの意識に上り始める。

「そっかー、八卦掌は、これがあんだなー。ま、しゃーないか。まいった! あたしの負け!」

 前屈みのジュリアは、あっけらかんと叫んだ。

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