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第10話

「このバカ狸!」

「このクソ女!」


 部屋で激しく罵倒し合うのは、貫と楠葉。

 何故このようになったのかというと、今回の原因は主に貫だった。


 楠葉のお祓い中に狸姿で現れ、お祓いに訪れた人たちが巫女像に備えてくれた供物を人々の前で食べようとしたり、お参り中の人をカジュアルなスーツ姿の美男子に変身してナンパしたりと、これでもかというほど神社の中をかき回していた。

 それに対し楠葉は神楽鈴を振って金縛りをさせたり、「わー、可愛い狸さんが来ましたねー、“お手”」「神社でナンパは厳禁とさせていただきますね、というわけでお帰りくださいませ、“ハウス”」と額に青筋を立てながら言霊により部屋に強制送還させたり動けなくさせたりするも、相手も手練れの化け狸。何か妖術を使っているのか、一瞬で何度でも戻ってくる。

 これをほぼ1日中繰り返していたのだ。

 そんなドタバタ劇場ともいえる攻防を繰り広げ、最後のお祓いを終えた楠葉だったが、ここで昨夜のような疲労感を覚え倒れたのだ。人々の前で倒れたものだから、流石にただ事ではない状態となり、従業員の男が1人走ってきて楠葉を抱えようとしたが、それを見た貫が「オレの嫁に触んじゃねぇ!」と叫び、驚く人たちを前に楠葉を抱き上げ、あえて力は使わず普通の人間として歩いて部屋に戻った。

 という、夫婦らしいアクションをしていたらしいことを楠葉は罵倒の中での会話と自分のとぎれとぎれの記憶から知ることになったのだが、それがどうでもよくなるようなことが起こってしまったのだ。

 楠葉が、目を覚ました時。

 貫が勝手に楠葉の巫女装束を脱がせ、あと少しで裸体を晒しそうなほどまで脱がされている所だったのだ。

 そのため、楠葉は悲鳴と共に『伏せ』の5連発を貫にお見舞いしたのだ。


「折角助けてやったのにお礼がこれかよ!」

「だからって寝込みを襲うなんて最低!」

「怪我がねえか見るついでに味見しようとしただけだよ!妖怪は欲に忠実だ!最低で結構!」

「堂々と罪を認めてるじゃない!もう最低!最低!助けてくれたのはお礼を言うけどそもそも私が倒れたのはあんたのせいなんだから!もう一生畳にめり込んでなさい、ふ――」

「あーばかばか!もうやんな!倒れる!」


 慌てて楠葉の口を手でふさぐ貫。

 それでも叫ぼうともがもがと貫の手の中で口を動かす楠葉は貫をどかそうと手を出すが、それも貫は手首を掴んで塞ぎ、そのまま楠葉を強引に壁へ押し付けた。


「一旦落ち着け!理由を説明してやるからオレの話を聞けバカタレ!じゃねぇとてめぇが死ぬぞ!」

「!?」


 楠葉としては予想もしていなかった貫の言葉に、楠葉は数回パチパチと瞬きをする。

 そして、そのまま抵抗をやめ、不思議そうにじっと貫を見つめていた。

 落ち着きを取り戻した様子から、話を聞いてくれる気になったのだと判断した貫は口から手を放してやるが、楠葉を壁に押さえつけるのはやめず、彼女の顎を掴んで無理矢理自分の目を見るよう固定させると、楠葉の瞳をじっと覗き込んだ。


「ああ、やっぱりな。思っていた通りだ。いいか、よく聞け。てめぇがオレに対して使ってんのは恐らく巫女術だ。楠子もよくやっていた。それは人間の力とは違うもので、限りがある。おそらく俺たち妖怪が無限に使える力とは別もんだ。でもだからこそ強力で、オレたち妖怪の動きを封じることができる。それだけじゃなく、てめぇの場合は本来誰もつかめない糸を操れるときた。あれは息を吸うようにやっている所を見たからお前自身自覚していないだろうが、あれも恐らく巫女術の類だ。が、お前の瞳の中心が赤いことから、多分お前は何かのきっかけて妖怪の力も混ぜ合わせて持っている。だから出来ることが異常に多いんだ。お前はそれを今まで容量オーバーまで使わなかったから気づかなかったようだが、オレに使うことによって容量オーバーした。つうか、むしろ今までよく平気でその力を使い続けていたってことにこっちは驚いてんだからな」

「容量?巫女術?オーバー?……妖怪の力?」

「すぐに理解できなくてもいい。そもそもお前の様子からして容量オーバーは昨夜と今回が初めてだとオレの目から見てよくわかった。つまりお前は、今までの巫女の中でも使える術の容量が多かったから今発覚したってことだ。ついでに妖怪の力も持っていることもな。これに関してはオレもわからねぇが、容量オーバーを今まで起こさなかったのはそれが関係してんじゃねぇかとは思う。だが、今回はオレに対して頻繁に使ってるもんだから、お前は倒れる限界まで使っちまうんだ。今まで限界を知らなかったからその予兆もわかってねぇってところだな」

「なんか情報量が多くて理解に時間かかるけど……要するに、私が倒れた理由はキャパオーバー、みたいな感じ?」

「あー、なんか人間の言葉でそんなのあったな。意味としてはそれであってるだろう。で、だ。一回記憶を探れ。お前に力を教えてくれた巫女は、どんな様子だった。力を使った後、寝込むことは多くなかったか。もしくは、立てなくなってなかったか。思い出せ」


 黒い瞳は楠葉の瞳の奥底の記憶を探るように覗き込む。

 その瞳を見つめ続けていると、楠葉は、ふと――曾祖母のことを思い出し始めていた。


『ひいばあちゃん、大丈夫?』

『ああ、大丈夫。今日はちょっと、疲れただけだよ』


 お祓いを一度すると、曾祖母は半日布団から起き上がれないことが多かった。


『私も年だからねぇ。心配しなくていいよ』

『わかった。でも、ひいばあちゃんからもっとたくさん教わりたいから、楠葉、ひいばあちゃんが倒れずにすむよう早く一人前の巫女になってお手伝いするね』

『ありがとう……いい子だねぇ、楠葉は。ただ、気を付けてね。頑張りすぎちゃ、ダメよ。でないと――』


 “人生は短くなるものだから”


 それは曾祖母の口癖でもあった。

 だが、楠葉の性格上、頑張れるだけ頑張って、人の為に自分の力を使うことは惜しまないというスタイルが身についてしまっていたがために、すっかりと曾祖母の注意を忘れてしまっていたのだ。


「あ……」

「思い出したみたいだな。つまりそういうことだ。だから気を付けろ」


 楠葉の様子から、自分の言いたいことが伝わったと判断した貫は楠葉から離れた。


「そっか……限界があるのね、私。……わかった。うん、色々教えてくれて、ありがとう」

「次倒れたら助けねぇからな。はーあ、オレも今日は疲れたから寝る」

「でもこの後宴があるわよ」

「げ、忘れてた」


 畳に寝転んだものの、篠宮家の朝の騒ぎっぷりを思い出したらしい貫は嫌そうに顔をゆがめる。

 その人間らしい反応に、クス、と笑いながら、楠葉はふと疑問を口にする。


「でも、ちょっと思ったんだけどさ」

「あん?」

「あんたにとっては、私が死ぬ方が好都合じゃないの?」

「なんで?」

「だって、あんたにとって、私って、邪魔じゃん?」

「邪魔だが、死んだ人間は美味くねぇ。だから勝手に死なれても困るんだよ」

「そう、なんだ」

「ああ、だからオレが好きなように食えるよう対策を見つけるまで生きてろ。守りたくても守れねぇ時だってあんだからよ。ていうか基本オレはお前の邪魔しかしねぇからな。控えるつもりはねぇ。だから自衛しろってことだ、バーカ」


 それだけ吐き捨てて、ごろんと寝返りを打ち楠葉に背を向ける貫。

 その姿に、『自分を守ろうとしてくれる存在がいる』という温かさを家族以外から生まれて初めて受けた楠葉は、胸の奥が妙に熱くうずくのを感じ、出来るだけ貫を見ないように同じように背中を向けて言った。


「ありがとう、貫」



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