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第11話

 一度距離が近づいたように思われた2人であったが、それは一瞬のみ。

 折角、2人の間で今までにない穏やかで温かくあり、照れ臭いような空気が流れていたところに、その雰囲気をまるで図ったかのようにぶち壊しにきた者たちがいた。

 それが、篠宮家一同であった。


「宴だー!」

「「え」」


 思わず貫と楠葉がハモって驚きの声を上げ、声の上がった方を揃って向く。

 そこには、酒瓶や寿司桶、篠宮家の旗などを持った篠宮家の親戚一同がノックもなしに夫婦の部屋になだれ込むという非日常すぎる光景があった。

 見たこともないウッキウキの篠宮家一同の様子に夫婦二人がぽかんとしていると、まずは「さぁさ旦那様や、たぁんと食って精力つけましょや!」と、寝転んでいる貫を男一同で担ぎ上げ「は?へ?」と状況を飲み込めない貫をそのまま連れ去っていき、女性陣一同は「折角の楠葉ちゃんのための宴やもの!今日はしっかりめかしこんで、日本一の別嬪さんになって、今日の夜も旦那様をメロメロにしちゃいなさいな!」と何やら嬉しそうに囃し立てながら、呆然と立ち尽くしている楠葉を鏡台の前に連れて行くと服を着替えさせたり化粧を始めたりと何かの手練れとしか思えない手際の良さで楠葉のお手入れを始める。


「あの、え!?ちょっと、おばちゃんたち!お母さんも!キャ、ちょっと、急に脱がされるとビックリするってば!」

「ほらほら、楠葉は黙ってなされるがままになりなさい。こんな嬉しい日なんてめったにないんだから!さぁさ、今日は篠宮家最大の宴にするんだから!」


 楠葉の声を遮って楠葉の母は言い、どんどん作業を進めていく。

 それに「うんうん、楠葉ちゃんにはこのお色がぴったりやねぇ」「いやぁ、やっと楠葉ちゃんも身を固めてくれてよかった」「しかもあんなに美形で素敵な人となんてねぇ」と喜色の声が重ねられ、楠葉の意思や声は完全に遮られ、すっかり楠葉の母たちのペースに呑まれる状態となってしまっていた。

 気づけば楠葉の髪はほどかれ、三つ編みに結い上げられお団子にまとめられる。

 そこに、シャラ、と神楽鈴に似たような音をする金色のかんざしがつけられ、いっそのこと暴れてやろうかと目論み始めていた楠葉はそのかんざしが視界に入った瞬間、口を噤み、大人しくなされるがままになった。

 鏡の中の自分につけられたその簪は、曾祖母が「いつかあなたに運命の人が現れたらこれをつけてお祝いしなさい。これを私だと思ってほしいの」と言っていた品だ。

 大事に、大事に篠宮家の倉庫にしまわれていた簪は楠葉が時々手にとっては手入れしていたため非常に奇麗に保たれており、楠葉の小指に絡まる金色の糸と同じくらいの金色の輝きを放っていた。


「まぁ、まぁ!普段化粧っ気のない子だからどうなるかと心配したけど、やっぱりおめかししたら私に似て美人ね」

「……一言余計よ」


 眉は綺麗に整えられ、唇には桃色のリップ。

 目は赤色を主流にしたアイシャドウが入れられ、普段童顔である楠葉は普段よりも大人びた姿となっていた。

 纏った服は、上が濃いめのピンクだが派手過ぎず落ち着いた色合いをしており、桜の模様が穏やかに描かれている。下は薄桃色のスカートのような和風の着物ドレスの形となっており、腰は桃色を基調としながらも、結び目は祝い結びで金色を主張した紐となっており、最後に頭にふんわりとした少しピンクっぽさが混じったレースをのせられた。

 全体的な色が20代のような若々しさがあって、三十路にはきつい色合いだと感じてしまう楠葉だが、鏡の中の自分は童顔であるが故に『桃色の花嫁』という言葉が似合う可愛らしさと可憐さを備えていた。まるで若返ったかのような、自分が自分でないような感覚に陥り思わず鏡の中の自分をじっと見つめる楠葉は、呆然とした表情の自分に声をかけた。


「……いつから、こんなもの用意してたの?」

「それは秘密。ああでも、これだけは知っておいて。みんな、楽しみにしてたのよ、こうやってあなたを祝える日を」

「そう……」


 母の言葉に、楠葉はもうそれ以上非難の声を上げることなどできなかった。

 化粧に、着物ドレスに。

 全て、楠葉がひっそりと好きな色で、巫女として生きる事を決めてから纏うことを諦めた色でもあった。


「ありがとう」


 何故かそう呟いて泣きそうになった楠葉は、ぐっと涙をこらえる。

 楠葉は諦めていたが、母はずっと楠葉の幸せを願い、そして、諦めていなかったことが伝わったからだ。

 例え貫との別れを望んではいても、その気持ちが揺らいでしまうぐらい、祝おうとする篠宮家の人々の温かさと優しさが胸に沁みたのだ。

 だからこそ、折角綺麗にしてもらった化粧を台無しにしてはいけない。

 天井を仰いでなんとか溢れそうになる涙を堪えると「はい、できた。さ、宴を始めましょ」という母の声に楠葉は「うん」と涙交じりの返答をし、立ち上がった。

 結婚式の時とは違い、動きやすく、腰回りも辛くない、軽やかな衣装。

 けれど見た目は華やかで、楠葉の好みが詰め込まれていることもあり、年甲斐もなく楠葉の気分は上がっていた。


(私もなんだかんだで、女の子だったのね)


 そんなことを思い自分に苦笑を浮かべながら、楠葉は篠宮家の人に「早く、こっちこっち」と急かす手に引かれながら宴の会場へと向かった。



 そして。



「ふぉ~う!花嫁のご登場だぁい!」



 出迎えたのは。

 額に青筋を浮かべて腕を組み不機嫌そうな貫の周りで、赤ら顔になった篠宮家のおじさんたちが酒瓶を煽っている姿だった。


(あ、これは穏便に終われる宴じゃないな)


 折角着物ドレスで上がった気分も、宴会場と化した篠宮家の一番広い広間でのどんちゃん騒ぎに、楠葉はすんっとテンションが下がるのを感じていた。


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