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第19話


「畜生、こっちは気持ちよく寝ていたっつーのに。本当休む暇もねぇなこんちくしょう!なんでこんな日に襲いにくるんだよこのクソ兎は!」


 そう言って、貫は扉の横の石壁にぶつかって気絶している兎妖怪の頭を踏みつけた。どうやら当たり所が悪かったらしく、貫に荒々しく踏みつけられても目を覚ます様子は見られず、兎妖怪は貫に踏みつけられるがままとなっていた。

 そのため、びしょ濡れの貫から滴る水がポタポタと兎妖怪に落ち、傍から見ている楠葉は、このまま放っておけば2人とも今にも凍りそうだ、と見ているだけで寒くなってきて思わず身体を抱えるようにぶるっと震えた。そんな楠葉の様子に気づいたのか、「おい、怪我はねーか」と濡れた髪をかきあげながら貫が言った。

 水も滴るいい男、を体現している彼の仕草に思わず楠葉の心臓は跳ねるが、降りしきる雪の中ではときめいた体もすぐ冷え、それと同時に頭も冷静になってきた楠葉は状況の整理へと入った。


「うん、私は平気。チリが守ってくれたこともあって、傷はないわ。……ていうか、そもそもあんたこそ大丈夫?なんでそんなに濡れてんのよ」


 実際楠葉は腕に力を入れすぎた反動で少々痛むぐらいで目立ったケガはない。それよりも、このままでは凍死してしまうほど濡れている貫の状態の方が心配になると共に、何故そこまでずぶ濡れなのかが疑問で仕方がない楠葉はその気持ちをそのまま言葉にしながら神楽鈴を腰のところに挿した。


「全部コイツのせいだよ」


 貫は不機嫌そうに眉間に皺をよせ、楠葉に向かって何かを投げた。


「わわ」


 反射的に両手を出して受け止めた楠葉は、すぐにそれが小さくなっているララだと気づいた。


「な、なにしたの?」


 確かチリは、ララはチリより喋れない代わりに力が強いと言っていた。つまりそれは、ララの方が様々な術に長けているということでもあるのだろう。どんな術を使ったのか気になって仕方ない楠葉に、ララは「がんばって、おこしたなの」と楠葉の掌の上でふんぞり返って胸を張った。その仕草は可愛らしいが、がんばって、という部分に何か恐ろしさを感じた楠葉は明確な答えを求めるようにちらりと貫に視線を投げた。


「そんな簡単な言葉でまとめんじゃねぇこのクソ狐が!外から雪を大量に持ってきて寝ているオレの上にまんべんなくかけて雪塗れにしただけじゃなく、その後全部の雪を溶かしたからこうなったんだろうが。寒さを感じたと思ったら一瞬息が出来なくなったんだぞこっちは。水の中にいるかと思って訳が分かんなかったんだぞこっちは!てめぇ、手加減ってのを知らねぇのかよ。起こす前にこっちが窒息死するっつの!」


 牙をむき出しながらがなる貫に、楠葉はその状況を想像した。

 全身くまなくびしょぬれになっていることから、雪をせっせと盛りに盛っている小さなララの姿を想像し「ンフッ」と思わず吹き出してしまうが、貫に鋭く睨みつけられたので楠葉は咳払いすることで誤魔化した。


「まぁでも、貫が来てくれて助かったし、ララ、ありがとね」

「なの」


 楠葉に褒められて嬉しそうにニコニコするララに、貫は憎ましげにララを睨みつけながら舌打ちをした。


「そもそも楠葉。てめぇが最初からオレを起こして連れてきゃよかったんだろうが。あと、二度とそのチビどもも置いてくんじゃねぇ。寝ててもぶっ倒れててもお前の傍にずっと置いとけ。てめぇから離れるとろくなことしかしねぇからなこいつらは」


 ビシっとララを指さしながら文句を吐く貫の言葉の裏には、要するに一人で行くな、誰でもいいから連れていけ、1人で行動すんじゃねぇ、という叱り文句が透けて見えていた。

 実際、1人で行動したことによりチリを疲れさせてしまい、貫に迷惑をかけ、ララにも苦労させることになってしまった。皆を休ませてあげたいと思っての行動が、全て裏目に出て皆を心配させる結果になってしまったこと、そして、自分自身の身が危険一歩手前状態になってしまったことは事実であるため、楠葉は貫のお叱りを真摯に受け止めた。


「本当にごめんなさい……色々学んで自分1人で何でも出来ると驕っていたわ……次からは1人で行動しない。助けてくれて、ありがとう」


 しおらしく答える楠葉に、貫は「はへ?」と素っ頓狂な声を上げた。

 どうやらいつも強気に返す楠葉であるから、今回もいつものように強がって言い返すのだと思ったのだろう。それが、突然しおらしく素直に反省して謝罪を述べた為、予想外の返しに言葉に詰まった様子だった。


(何よ、私だって素直に謝ることぐらいあるんだから。実際に、今回は完全に私のやらかしだし……本当、私って学習能力がないというか危機感がないというか……)


 自分の行動を思い返せば思い返す程、楠葉は自分が情けなくなり視界がぼやけるのを感じていた。

 先ほどまで兎妖怪に対して恐怖を抱き対峙していた緊張感が緩んだこともあり、涙腺も脆くなってしまったのだろう。自分がここまで弱い人間だとは、と楠葉は内心自嘲した。


「は、反省してるなら大丈夫だ。それに、オレは不死身だから、ほれ、どんだけずぶ濡れにされてもすぐに乾かせるしな!」


 慌てたように貫は言うと、パン!と大きな音を立てながら両手を合わせ、何かを唱えた。

 すると、ゴォッ、という突風が吹き、ずぶ濡れの貫の身体は一瞬にして乾いた。


「流石、貫ね。凄いなぁ」


 素直な感想を述べる楠葉に、貫は「フン、オレをなめんなよ」と得意げに言い放った。

 そのいつもの偉そうな貫の態度に、幾分か心の靄が晴れた楠葉は微笑んだ。


「で、こいつどうする?」


 貫はそう言うと、ずっと踏んづけているままの兎妖怪に視線を落とした。

 言われて楠葉もつられるように視線を兎妖怪へとうつした。

 そこで、チリが漸く自分の出番だとばかりに楠葉の胸元からひょっこり顔を出すと、言った。


「刀、刺すなの。首の後ろ。紫の毛玉がある筈なの。それを壊せば操りが解けて犯人もわかるはずなの」







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