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第21話


『オレたちのがきんちょにできたことなら、オレたちにも出来ると思わねぇか?』


 ニヒルに笑う貫の言葉に、楠葉はさらに涙が止まらなくなってしまった。

 チリとララの存在を認めてくれる貫の心意気に喜ぶと共に、早くこの貫を2人に見せたいという思いが溢れて、楠葉の意に反して勝手にボロボロと流れたのだ。貫が戸惑ってしまうからと早く止めようとしたが、貫は驚いたりするどころか、そんな楠葉も受け止めると言わんばかりに優しい手つきで流れ出る涙を拭った。

 それでも楠葉の目は充血し、赤く腫れている部分もあったことだろう。

 決して、美しいとは言えない顔だったはずだ。

 そう思う楠葉の心中をまるで見透かしているかのように、貫は愛おしそうな優しい表情を浮かべたままありのままの楠葉を見据えていた。


「本当、お前は手が焼けるやつ。でも、お前は強い女だ。簡単に立ち直れるだろ?一緒にさっさと地獄の門を出現させる方法を探そうぜ」


 その言葉に、絶望だった気持ちから一気に活力が湧いてきた楠葉は、ぶわっと全身が奮い立つのを感じた。

 泣いてる場合ではない。

 時間を無駄にしてはいけない。

 鼓舞してくれる貫の言葉を真正面から受けた楠葉は強く頷き、立ち上がった。


(まだ出来ることがあるならば、私は出来ることを全部やりつくしたい)


「まずは関連する道具かなんかを見つけるのが最善だ。楠葉は何か思い当たる節はねぇか」

「思い当たる所、か……」


 突如言われてもそう簡単に思いつくものではない。

 それでも楠葉はこめかみに指をあてて必死に頭をフル回転させた。

 そこで、ぱっと浮かんだのは巫女術のコントロールを試みるために1人で籠っていた部屋の事だった。


「巫女像の下の部屋……! あそこなら、もしかしたら手がかりがあるかもしれない。私、自分の力の使い方を知る時に、あそこで不思議なことが起こったのよ。今までが色々ありすぎて詳しくは覚えていないんだけど……あの時私に色々答えてくれたのは2人だったと思うの。だから、あの部屋にある書物を探ればもしかしたら突破口を見つけられるかもしれない」

「そんな前から接触があったのか。どうりでお前の力がつくスピードが速かったわけだ……色々納得したぜ。よし、場所はそこで間違いなさそうだ。オレも木の葉を送った時に妙な力はたくさん感じた部屋だからな。早速探しに行こう」

「うん、ついてきて。すぐに開けるわ」


 言うが早いか、すぐさま巫女像まで楠葉は駆けだすと、裏にある仕掛けを起動させた。そうして現れた階段を貫と共に駆け下りた。しかし気持ちが急いているあまり、自分の身体にガタがき始めていることをすっかり忘れていた楠葉は途中で足を滑らせてしまった。


「あっ」

「あぶねっ」


 すぐに貫が腰を抱きかかえて引き寄せた。間一髪、楠葉は両足が浮いた状態ではあるが転げ落ちることはなかった。


「たっく、本当にお前は隙あらば……っとに、目が離せねぇな。このまま抱えるぞ。移動は基本オレがする。楠葉は別のことで力を使うかもしんねぇから不死身で丈夫なオレ様に身体を預けろ」

「う、うん」


 一瞬の浮遊感から落ちて怪我をするというビジョンまで脳裏に走った楠葉は無事に貫に受け止めてもらえたことを安堵すると共に、逞しい胸板に密着するように抱えられてたことでボッと頬を火照らせていた。

 今が緊急事態でなければ、もっと体を密着させて、2人の時間を堪能できればいいのに――

 そんな邪な想いがついつい過ってしまった自分に楠葉はハッと我に返りブンブンと首を横に振った。


「おい、暴れるな。ほら、部屋に着いたぞ」

「え!?あ、あああ、ありがと!」


 気づけば部屋の扉を開けてくれている状態の貫に楠葉は慌てて返事をし、貫の胸板を突き飛ばす勢いで無理矢理押すようにして離れ、足早に部屋の中へ入った。火照った頬や体の熱がバレないようにと足を踏み入れた楠葉は、その瞬間、己の全身をふんわりと包むような柔らかいものを感じた。


(これは……)


 その感覚に既視感を覚えた楠葉は、すぐに何と似ているのか気づいた。


(楠子様が私に過去を見せる時に作ってくれた白い繭。あれに似ている。苦埜でさえ簡単に破れなかったあの優しい白い糸の力と)


 それに気づいてから改めて意識してその部屋を見渡した楠葉は、至る所に白い糸が浮かび、楠葉が行くべき道を導くようにどこかへ向かって流れて進む様子を視界にとらえた。


「楠葉? なんか見えるのか?」


 楠葉の異変に気付いたのだろう。

 声をかけられて振り向くと、眉間に皺を寄せた貫が楠葉の周りを警戒するように注意深く視線を忙しなく動かしていた。


「貫は、この白い糸、見えないの?」


 自分に懐くようにふわふわと動く白い糸を楠葉が一本指で掬い取って貫の方へ近づけてみせると、その指を貫はぎゅぅっと目を細めてじっと見据えたが、数秒見つめたのちに、首を横に振った。


「見えねぇ。何かの力を感じるし不快ではない、が。全く正体が掴めなくて気持ち悪いっつー感覚しかオレにはない」


 貫の飾らない返答に、楠葉はこの白い糸が自分にしか見えないことを確信した。


「私には見えるの。まるで私にこっちおいでって言ってるみたい。だけど、何を教えようとしているのかが不明瞭なの。私も、何をどう聞けばいいかわからなくて……けど、きっとこれが解決の糸になると思うの」


 楠葉としても確信がなかったが、部屋に入った瞬間に現れた感覚と糸だ。

 これをわからないからと無碍にしてはいけないと直感で感じていた。


「オレには見えねぇからさっぱり何のことだかわかんねぇ。だが、楠葉に見えてんならよ。それは意味があるもんだとオレは思う。だから……楠葉。お前に見えるものを信じて好きなようにやってみろ。一番あの双子と繋がれるのはお前だ。オレはお前が見つけた道を信じる。困ったなら何が何でも助けてやる。だから、思うままに好きなようにやれ」


 貫の言葉は決して楠葉に対して全てを丸投げして言ったものではなく、楠葉の全てを信頼しているからこその想いがこもった言葉だった。出会った頃を思えば到底想像も出来なかった頼もしさと安心感を覚えさせる貫の紡ぐ言葉に、勇気と自信を貰った楠葉は再び白い糸たちへ視線を移した。


「うん、わかった。ありがとう、貫。私、やれるだけやるわ。思うままに」


 突然の事ばかりで心はまだ追いついていないどころか、どちらかと言えば不安でいっぱいであった。

 少しでも遅れれば、少しでも道を間違えれば、もう二度とチリとララには会えないかもしれない恐怖が常に付きまとっている状態でもあった。

 けれど、失う者ばかりではない。


(今の私は、苦埜と対峙してた時のように1人じゃない。傍に、ずっと貫がいる)


 金色の糸が絡む指をぎゅっと握りしめ、決意を固めた楠葉は自分の周りをふわりふわりと漂う白い糸たちに問いかけた。


「ねぇお願い。教えて。チリとララにまた会いたいの。私たちの子どもに会いたいの。あの子たちはきっと地獄の門の中にいる。だから――門の開き方を私に教えて」



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