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第22話

 楠葉が問いかけた瞬間、白い糸たちは急に楠葉の周囲に集まりだし、囲んだ。

 繭のようになるのかと思いその場から動かぬよう糸の動きをじっと見続けていた楠葉だが、白い糸たちは楠葉の視線の先に集まり固まると、目に優しい淡い光を放った。どんな動きも見逃すまいと柔らかく光る糸を見据えていた楠葉は、その光を瞼裏に刻み込んだ瞬間。

 脳裏に、とある記憶が過り始めた。


 それは、楠葉が貫への対応に困り、巫女術についてさらに学ぶべくこの部屋に足を運んだ時の記憶だ。

 その記憶が、葛が楠葉に対して見せてきたように白い靄の中から現れ始めた。

 自分で自分を見るということに不思議な感覚を覚えたが、これまで経験してきたことを考えれば素直に楠葉は受け入れられた。故に、その光景がきっと今楠葉たちが求めるヒントの手掛かりになるのだと確信し、一挙一動見逃すまいと白い靄の中に映る自分を見つめた。



 ――楠葉の視線は、巻物へと動いた。まるで吸い寄せられるように。すると、その横に突如新品だと思われるような綺麗な筆と、墨汁の入った小瓶が出現した。


(元々置かれていたわけじゃなかったんだ。私が巻物を見た瞬間に、まるで合わせるように現れていたんだ)


 巻物、墨汁、筆。それらを視界に入れた楠葉の目の色が変わった。


(え……赤色?)


 自分の瞳にまさかこんな色の変化が訪れているとは今の今まで気づかなかった楠葉が驚いていると、赤い瞳の楠葉は邪魔になりそうな本たちを適当な床に置いてよけ、手に持っていた手拭いで机を軽く拭き机を綺麗にした。そして、まるでそうすることを目的に来たかのように、先ほど目に留まった巻物をさっと広げた。


 その巻物は真っ白で、何も書かれていない。


 ただ、巻物に覆われている布は赤く、古さを感じさせない丈夫さがあり、楠葉が手を離してもくるんっと丸まって戻るようなことはなかった。それ見た楠葉は筆をとると、小瓶を開けて墨を先っぽに浸した。


『まず、言霊で使った時の疲労感』


 呟いた言葉をそのまま行書体で巻物に書き込みはじめる楠葉。

 すると、まるでその言葉に答えるように。楠葉が書きこんだ文字の横に白い光を帯びた文字が浮き上がった。


 “糸と直接つながっていると同じようなもの”

 “相手は不死身の強き妖怪”

 “直接力を流し込めば”

 “巫女といえど人”

 “人程度の力では足りぬ”


(そうだ、文字を書いた時に急に文字が浮かび上がって来たんだ)


 徐々にその時のことを思い出してきた楠葉は文字の方を見ていたが、文字を見ている自分の後ろにあの時は見えなかったものを見つけた。


「チリ……じゃない、ララ……?」


 いや、どちらとも見える。

 そう思った瞬間、楠葉は貫と共に見た過去の情景を思い出した。

 白い髪と赤い瞳の子狐妖怪の正体を。


『せめて寂しくないように、2人にしましょう』

『2人?』

『これは私のエゴ。どこまでも勝手な母親でごめんなさい。ただ、1人だけ頑張るっていう辛さを私はこの数百年で誰よりも知っているから。だから、せめて……ララ。あなたは、1人きりにならないよう、2人にするわ』


 鳥居と狐像の台の前で貫と共に見た情景。

 そこで葛と一緒に現れた、ララと呼ばれていた子狐妖怪。


「ララ……あなたが、私に教えてくれていたのね」


 葛は言っていた。

 双子の子狐妖怪は2人で1つ。

 そして一人だと寂しい思いをするから1人を2人にしたのだと。


(だけど私にとっては、ララも。チリも。そして2人で1つになったこの子も。唯一無二よ)


 楠葉がそっと胸に手を当てそう思っていると、真っ白な子狐妖怪は白く輝く筆を持ち、巻物へと伸ばした。その手は楠葉の身体を完全に貫通しているように見えるが、巻物に集中している楠葉は全く気づいていない様子だった。そうでなくとも、あの時の楠葉は突如文字が浮かび上がっているように見えていた。


(でも、それに対してむしろ親しみを覚えていて、危険じゃなくて味方だって確信があったのよね)


 自分のあの時の想いを思い出している間に、白い靄の中にいる楠葉は全く疑問のない様子で赤くなっている瞳で巻物を見つめ続け、口を開いた。


『物を介してならば相応しい物は何?』

(ああそうだ。貫に対しての対策と、力の使い方を上手く制御できるように巻物に尋ねていたんだ。今思えば、明らかに不自然な状況なのに、糸が見えるのと同じように私はすんなり受け入れていたのよね)


 段々と詳しく思い出し始めていると、白い子狐妖怪は真っ白に輝く筆を巻物に走らせた。



 “数珠”

 “神楽鈴”

 “大麻おおぬさ



『なるほど、お祓いに使うものがいいのか。普段から手にしているものでもあるし……指輪と違って私の力が溜まっている可能性もあるから……貫に渡したハサミと同じように、毎日触れているものが相応しいってことかな』


 呟く自分の言葉に、ああそんなこともあった、と思わず楠葉が笑みを浮かべていると、全く同じタイミングで子狐妖怪も無表情だった口元の端をゆっくりと持ち上げた。

(笑っ――た?)


 それはほんの一瞬だったが、間違いなくぶつぶつと独り言を呟く楠葉を見て笑みを浮かべていた。

 そして、子狐妖怪は再び筆を走らせる。


 “あとは自分を信じて”


 浮かび上がった文字に、靄の中にいる自分はここで漸く疑問に思ったのか目を丸く見開いた。

 その瞳は、まだ赤い。


(私の目、まるで妖怪のように真っ赤になるのね)


 目の色の変化に気づいていれば、もっと対策を練ったり、何かを変えられていただろうか。

 そんな思いが込み上げ、後悔が押し寄せ始めている間に、瞳を赤くした楠葉は少し目線を上へ向けると、問いかけた。


『あなたは誰?』


 その疑問に、それまですらすらと筆を動かしていた子狐妖怪の動きがぴたりと止まった。

 一度何かを書こうと筆を伸ばしたが、すぐにフルフルと首を横に振り、寂しそうに眉を下げて書き始めた。


 “すぐにわかる”


 その文字を靄の中の楠葉が認識した瞬間。

 今まで書かれていた白い文字たちもすぅっと巻物の中に溶け込むように消え去った。突然消えてしまったことに楠葉は驚くと共に瞳の色も元に戻った。慌てて書かれていた場所に指で触れたが、そこには紙の感触しかなかったのだろう。力を探るようにぎゅっと目をつぶり集中する様子もあったが、何も感じられなかったのだろう。

 諦めたように巻物から手を離した――


「あ……」


 楠葉が巻物から手を離すと同時に白い靄は消えた。

 相変わらず白い糸たちは漂ってはいるが、今の映像から楠葉は何をするべきか全て察していた。


「巻物に、ヒントがあるのね」


 そう呟き、白い靄の中で現れていた机へと視線を向けると。


「あった……」


 机を綺麗に拭いたのはもうかなり昔だ。

 それでも、楠葉の視線の先には。

 白い糸でずっと保護されていたのだろうかと思ってしまう程、綺麗にされた机の上に、赤い布に覆われた巻物が現れ、まるで「見てください」とばかりに巻物自らがくるりと開かれた。



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