そういえば、2人きりでこれほど長くの時間を過ごしたのはいつぶりだろうか。
そもそも、オレがこうして月日を長いとか短いだとか感じるようになったのは、いつからだっただろうか。
涙を流す楠葉を見て、妙に心がモヤモヤするようになったのはいつからだっただろうか?
全部の感情が初めてすぎて、楠葉の一挙一動がオレの心を狂わせる。
だけど、ただ泣いてばかりでなよなよしているだけの女だったらオレの心はここまで動くことはなかっただろう。
「巫女像の下の部屋……! あそこなら、もしかしたら手がかりがあるかもしれない。私、自分の力の使い方を知る時に、あそこで不思議なことが起こったのよ。今までが色々ありすぎて詳しくは覚えていないんだけど……あの時私に色々答えてくれたのは2人だったと思うの。だから、あの部屋にある書物を探ればもしかしたら突破口を見つけられるかもしれない」
そう言って、さっきまで泣いていたことが嘘のように勇ましく立ち上がった楠葉。
そういう強い所があるから、オレの目はお前ばかりを追うようになったんだろうな。
だが、やはり妖怪の血が混ざっているとはいえ楠葉はオレと違って、人間だ。
ただ階段を降りるだけなのに落ちそうになりやがった。
「あっ」
「あぶねっ」
反射的にオレの手が伸びて楠葉を抱きかかえていた。
とてつもなく軽く、だけど柔らかくて、甘い匂いのする楠葉。
勢いに任せて抱き寄せたら、俺の胸の中で真っ赤なトマトのようになる楠葉がいた。
それを見た瞬間、チリとララのことも忘れて、今オレの腕に抱えている女の顎を掴み上げて、強引にでも蕩ける唇を吸い尽くしたいという欲望に駆られた。
肌が密着するからだろうか?
それとも楠葉の放つ甘い匂いのせいか?
少しでも楠葉に近づくたびに、このままオレから一生離れないように金色の糸を引っ張ってでも引き寄せて、そのままずっとオレから離れないように抱きしめて、楠葉の全てを食いつくしたいという衝動が燃え上がって仕方なかった。
最初に楠葉と結婚を強引にした時とは違う、食いたい、という感情。
強くなるために家族を食いつくした時に溢れた衝動とも違う。
そんなオレの感情なんて全く知らないんだろうな、お前は。
だから、簡単にオレからフラッと離れて部屋の中に入ったかと思ったら、突然白い靄に囲まれやがるんだ。
一瞬そのままどこかに連れ去られるかと思ったが、楠葉の存在はそこに残っているとオレの指に結ばれた金色の糸が教えてくれていた。そのおかげで不安はすぐに拭えたが、オレも入ろうと手を伸ばしたら白い靄に触れた瞬間、指先に針が刺さったかのような鋭い痛みが走った。
「妖怪を拒否しているのか」
もしくは、巫女である楠葉しか受け入れないようなものなのかもしれねぇ。
ただ、その痛みと。
近付きたくても触れる事すらできないもどかしい距離に。
そこに、妖怪と人間という白い壁が立ちはだかっているようにオレは感じた。
例え金色の糸で繋がっていても。
同じ金色の指輪を嵌めているとわかっていても。
間違いなくオレたちの心が通じ合っていて、運命であり、夫婦であるとわかっていても。
果てしもない距離を感じた。
全くもって、オレらしくない。
誰よりも強くあることを望み、誰もがオレに逆らえない世界を手に入れることをあれほど望んでいたはずなのに。
そうなることによって、余計にこの白い壁が高くなって、楠葉との距離が離れる方が怖いと感じているオレがいた。
だからといって、妖怪と人間である壁を壊すことは――
(――まてよ。そういや、そもそも楠子は葛だった。つまり、オレと同じ不死身妖怪である九尾の葛が、楠子という人間になれたということだよな)
もし、その方法がオレにも可能ならば。
楠葉と同じ人間となれるならば。
楠葉の入れる場所にいつにだって隣に並べる立場になれるならば。
オレは――
「むしろ、妖怪でいない方が幸せかもしれねぇな」
人生で一度も口にしたことない言葉を呟いた瞬間。
白い靄が晴れ、楠葉がこちらを見ていた。
「貫、見つけた。手がかり!」
そう言って顔を火照らせ、赤く変化した瞳をキラキラと輝かせた楠葉は傍の机を指していた。
そこには、周りが赤い模様で覆われている新品としか思えない巻物が開かれた状態で置かれていた。
(さっきの言葉は……聞こえてなかったようだな)
ホッとしたような、残念なような。
言葉に出来ない気持ちが渦巻く中、オレは楠葉を見た。
「さすがオレの妻だな」
オレがそう言ってやると、得意げに「へへ」と可愛すぎる表情で笑う楠葉に、オレの口角も自然と上がる。
今はまだ、妖怪としてのオレの力は必要だ。
もう二度と守りたいものを失わないように。
オレらしいやり方で、こいつらを守ってやろうじゃねぇか。
それだけの力さえあれば、オレなんか、後はどうなってもいいからよ。