スイは目の前の男の子をながめる。
(雑魚にしか見えへんねぇ)
体格、貧弱。
年齢も恐らくは
どのような女も魅惑する、玉のような
殺すのに迷いはないが、わざわざ構えて殺すほどでもない雑魚──そもそも、剣を持った女の目の前に立つことに違和感しかない、どこぞの
だが、
(けど、間違いなく、ボクより人斬っとるね。不思議な子やわ)
スイの魂がざわめいている。
『あいつは強い』『あいつとは、殺し合いになる』と。
「一応、言わせてもらうが……我らに殺し合いをする理由は、今のところない。そちらが大人しく引き下がればいいだけの話であり、俺を斬っても十子殿がお前に刀を打つわけでもない」
男だとわかって聞けば、高い中にかすかな低さが混ざって、なんとも背筋が震えるような、たまらない声だ。
スイは少年偏愛の趣味はない。そのはずだが、ついつい囲っておきたくなる。そういう魅力が全身から発せられている少年であった。
だから、スイは舌なめずりをする。
「で?
「……常識的、道徳的に考えて、これから始まるのは必要のない、避けられる殺し合いということだ」
「ああ、キミ、あかん、あかんよ、そないなこと言ったら。そない苦しそうにされたらさァ……ボクはキミを救ったらなあかんくなってまう」
スイは快楽殺人者である。……と、見做されている。
それは客観的に正しい。スイが斬る相手は強者に限らない。それどころか、むしろ、なんの抵抗もできないような弱者を多く斬っている。
そのターゲット選択は腕試しや実力向上、あるいは『勝負』といったものが目的とはどうしても思えない。
実際、スイ自身に自分をどう定義するのか聞けば、『剣客』や『剣士』ではなく『人斬り』と答えるであろう。
彼女は人を斬ることを好いており、人を斬ることを目的としている。
むしろそのためには相手は弱い方がいい。斬ることそのものが目的なのだから。
だが、それは決して快楽のための殺人ではないのだ。
あくまでスイの主観に基づけば、彼女が人を斬る理由は……
「ねぇキミ、生きるのしんどいやろ? そない綺麗な顔して、簡単に手折れそうな華奢な体して、神力なんかまったくないのに返り血のニオイこびりつかせて……キミ、心と体がバラバラなんよ。女に産まれるべき心やのに、男に産まれてしまっとんのよ。……これは、救ったらなあかんよなァ」
救済。
スイは人を救うために人を斬っている。
立場と心が合一しておらず、いつでも理想に現実が追いつかなくてイライラしている者を見ると、『ああ、なんてかわいそうなんだ。救ってやらないと』という気持ちで斬る。
病気の妹のためにあくせく働くスラムの子供を見た時などは、涙さえ流れた。どんなに働いても妹の苦しみはなくならず、さりとて見捨てることもできないかわいそうな姉妹。『ボクが救ってやらな』という気持ちはいっそう強くなり、二人とも斬り捨てた。
どうしても叶わない夢をあきらめきれない者を救いたい。
現実と理想の狭間で苦しみ、苛立つ者を救いたい。
ままならない現実の中で磨り潰されていき、ただただ苦しむ時間を引き延ばすためだけに努力する姿など、憐れで見ていられない。
だからすっぱりと救ってやる。
「キミが幸せになるにはな、死ぬしかないんよ。天女様は偉大なお方やけど、間違いもする。キミは男やなくて、女として産まれるべきやった。男の身でそない返り血のニオイ漂わせて、殺し合いの中に身を投じるなんて、不幸で不幸で見てられへんわ。な、自分、死ぬ以外にないと思わへんか?」
「……」
「人斬り大好きやろ? 『常識的』とか『道徳的』とか、心底しょーもない思っとるんやろ? だっていうのに、なぁ? そういうモンを持ってるぶらなあかん生き方が身についてしまっとんねん。女で産まれるべき心で産まれて、でも、男やから、『男らしく』って周りに矯正されとるんやろ? かわいそうになぁ。そんなん望んどらんのに、そういう生き方を強要されるんは、悲劇やわ。だからな、ボクが救ったる。一瞬で跡形もなく救済したるよ」
スイは本気の同情心で申し出ていた。
千尋は……
「ああ、わかったぞ。ようするにお前は──弱者狩りの全能感に溺れた、つまらんやつなのだな」
鼻で笑った。
これにはスイが目をしばたかせる。
「…………は? なんで、そうなるん?」
「『救ってやらねば』だの『苦しそう』だの決めつけて、善意の押し売りをする宗教詐欺活動がご趣味なのだろう? ああ、わかるとも。よく斬れる刀を持って、二、三人も斬り殺すと、世界が自分を中心にしているような全能感が腹の底から湧き上がってくる。あれは、たまらん快楽よ。わかるとも」
「ボクはそんな話はしとらんよ」
「いいや、そういう話なんだよ、お前の言葉は。……『女として産まれるべきだった』? そうかそうか、いや、浅いなァ。
「……何を言っとるん?」
「一言で言ってやろう。──浅い見識で他者の気持ちを決めつける行為、振り返ってみて、恥ずかしくはないか?」
「……」
「救済だなんて格好つけた言い方はな、あとから振り返るとたまらなく恥ずかしくなるものだぞ。若い娘さん特有の流行り病のようなものだ。だからな、改めて聞いてやる」
「……」
「常識と道徳を参考に考えるに、我々がここで殺し合う理由はない。お前には生きて、自分が過去にした言動を恥じて転げまわる権利がある。だが、俺と斬り結べば、ここで死ぬ。自分の言動を後悔することもできない」
「……」
「だから、
ようするに、千尋が常識や道徳に基づいて戦闘を避けるようなことを言いだした理由は……
『強者の余裕』。
自分が必ず勝つから、戦いの前に生き残る道を用意してやろうという……
男のくせに。神力もないくせに。子供のくせに。貧弱な体のくせに──
自分が勝利するとまったく疑っていない自信が、千尋の口から『常識』『道徳』などというものをまろび出させたというわけで。
それは、まぎれもなく、侮辱だった。
「………………そうかァ。キミは救済やない。イラついたから殺すわ」
「そうか。では、意味も意義もある殺し合いになる。……我が名、
未だ無手のままの千尋が、スイへと飛び掛かっていく。
慈悲は示した。だが、相手が応じなかった。
ゆえにここから始まる殺し合いに、一切の遠慮はいらない。
二匹の人斬りが、こうしてぶつかり合った。