──夜中の2時。
リビングに設置されているセーブクリスタルがパアアッ! と光だす。
その光が治まった後、鋼鉄の機械のアーマーに身を包んだ男が現れた。
メタルマンだ。
「……また、失敗か」
メタルマンは、頭部の装備を解除しながらそう呟いた。
深いため息と共に吐かれた言葉は、とても沈んだ声をしている。
「くそ……どうすれば……」
自分の額にグーで拳を当てて、悩むように声を漏らす。
彼にとって、難題にぶち当たっているようだ。
「……いっそ、カイトに相談……いや」
頭に思い浮かんだ案を取り払う。
件の青年は最近忙しい。また新しい得体の知れない異世界人の相手をしていた。
以前からのメンバーならともかく、新しいそいつらに自分は関わるつもりは無いし、それを考えると彼に近づくのは今はよしたほうがいいだろう。
同様に、他のメンバーも……正直頼りにするつもりは無い。
あの鎧の少女と、魔法の少女は確かによく知った中だが……だからこそ、私の世界の問題に彼女達の力を借りる事はメタルマンのプライドが許さなかった。
ちなみに幼女は論外。余計に問題起こすような気しかしない。
とにかく。
私はまだ、本当に全ての手を使い果たしたとは言い切れないのでは無いか?
まだ見落としている方法があるのでは無いか?
直面した状況に対して、メタルマンはそう自問自答をする。
それを完全にやり切ったと言うまで、誰にも相談する気は無い。
「ひとまず、いつものように帰るか……ここにいても仕方ない」
そうして、ルーティーンのようにいつもの窓に近づこうとする……
が、そこでようやく気づく。
「……は? “窓がテープで固定されている?”」
そう、自分の世界に繋がる窓が、ガムテープで固定されている。
無作為に貼られまくっており、まるで台風の備えか、とでも言うようにしっかり目張りされていた。
「ふ、ふん!! くそ、だめだ。軽めの力じゃ開かん。全く、誰だこんな面倒な事をしたのは!?」
無理やり開けようと考えたが、それでは窓が壊れてゲートの役割を果たさなくなる可能性がある。
そうなれば、元の世界に帰れなくなるだろう。
そのリスクを考えると、下手な事は出来なかった。
「くそ、とりあえずテープを剥がすしか無いか。……アーマー越しの指じゃ引っかからん、ッチ!」
めんどくさいが、一旦スーツを解除する必要があるだろう。
そう思って、アーマーを外そうとするが……
『────クス、────クス────』
「──? 何の音だ?」
ふと、聞き覚えのない音が聞こえてくる。
風の音か何かだと思ったが……
『────クス、────クス────』
「っ、誰だ!?」
物音では無い。
明らかに、人の声だという事が分かった。
メタルマンは解除しようとした腕のアーマーを構え、辺りを注意する。
カイト達の声では無い。明らかに聞き覚えのない声。
新しい異世界人のものか? そう思って警戒度を上げる。
新しいメンバーなら、メタルマンは顔を合わせていない。そんな相手を信頼する理由も無い。
そう思って、正体を見極めるため注意するが……
『────クスクス、────クス────』
「どこだ、何処から声が出ている……?」
リビングにしては、音がやけに反響して聞き取りづらい。
声の発信源が何処からか分からなかった。
「……そうだ、カイト達は。カイト達はいるか!?」
ここはカイトの家だという事を思い出し、素早くリビングを出て2階に上がっていく。
真夜中だからか電気は全て消灯されており、真っ暗で視界は悪い。
この正体不明な声の響きを相まって、不気味に感じる。
「カイト! カイトはいるか!?」
メタルマンは、カイトの部屋の扉をバタンと開ける。
寝ている所悪いが、緊急事態だ。仕方なく起こそうとして……
「……カイト?」
ベットには、誰もいなかった。
ただ綺麗に整えられた寝床があっただけ。
この部屋に、誰かがいた形跡も無かった。
「異世界に向かってるのか? くそ、こんな時に……他のメンバーは!?」
そう思って、ソラ、ユウカの部屋も開けていく。
女子の部屋を無断で開けるという行為に罪悪感など感じてる暇すら無い。
結果は……
「誰もいない……ッチ!」
カイトの家の常在メンバーは、誰一人いない事が確認出来た。
完璧にもぬけの空だ。
さっきの予想通り、誰かの異世界に向かって手助けしている最中か。もしくは……
直後、ガタンッ、と隣の部屋でなる音。
「──!? 誰かいるのか!?」
その音を聞いて、隣の部屋の扉に近づくメタルマン。
扉を開けようとして……
「──は? 液体……?」
扉の下から、“液体”が流れ出ている。
まるで何か溢したものが溢れ出ているように。
ただの水か? あるいは──そう思って、装備のライトを付ける。
──液体の色は、“どす黒い赤”だった
「────ッ?!! おい!?」
メタルマンは冷や汗をかいて、武器を構えながら扉を勢いよくこじ開ける。
敵の存在がいるかもしれない。あるいは、カイト達の誰かが──そう思って、中に入る。
──液体まみれの部屋。
ライトで照らす。
──“赤”、“赤”、“赤”。全て赤。
手形。足跡、引きずったような跡、ぶつけたような跡。
──まるで、殺人現場の部屋のように。
「────。──ッおおおああああああぁぁああ?!!!」
メタルマンは、叫んだ。明らかな以上事態に。
この赤は、見覚えがある。
メタルマンの世界で、命が失われた場所によく見かけるものと同じ──
「カイトぉ!! 何処だ、カイトぉ!?」
大声を出して、メタルマンは声を掛ける。この家にいた筈の主に向けて。
セーブポイントという、一種の安全地帯。
その場所でこのような事が起こるなど夢にまで思っていなかった。
メタルマンは、急いで家中の部屋を確認し出す。
──しかし、カイトはいない。何処にもいない。
「なんだ……何が、……何が起こったんだ!?」
俺が居ない間に何があった。メタルマンはそう思考した。
俺が、俺がアイツらに会わないようにしていた間に、一体何が!?
『────クスクス、────クスクス────』
「ッ!? またあの声か!?」
あの不気味な声がまた聞こえて、リビングまで戻っていく。
すると──
──“血”、“血”、“血”、“血”、“血”。
倒れた家具。破けたソファー。画面が割れたテレビ。
先ほどまで異常が無かった筈のリビングが、悲惨な光景に。
「なぁ──ッ?!」
メタルマンは驚愕し、目を見開く。
さっきの今で、この短期間で明らかな異常。
ただ事では無かった。
『────クスクス、────クスクスクス────』
「っ誰だ!? 何処にいる!?」
『────クスクスクス、────クスクスクス────』
『『『『『『クスクスクスクスクスクス、クスクスクスクスクスクスクスクスクス、クスクスクスクス──』』』』』』
「──ッ?!!」
明らかに、笑い声が増えた。
ハウリングの様に、耳障りの悪い声が反響していく。
ふと、目の前を見た。
……白い、“浮いてる何か”が居た。
「っ!! お前かぁ──ッ?!」
その声と共に、メタルマンはエネルギー弾を放つ。
ここがカイトの家だという事はとっくに考慮していない。
目の前に現れた、明確な“敵”に対して攻撃を放つ。
──擦り抜けた。
「はあ──ッ?!」
信じられなくて、再度エネルギー弾を放つ。
擦り抜けた。
放つ。擦り抜ける。放つ。擦り抜ける。放つ。擦り抜ける。
何度やっても同じだった。
躱した、でも無い。確実に当たってる筈なのに、まるで幽霊の様に擦り抜けて──
“幽霊”?
「おい──おい、おい、おい! 待て、待て、待て!? あれか、いわゆる“ゴースト”って奴か!? ふ、ふざけるな、ふざけるなあ!? そんなの、科学で何とか出来ないだろうが……!?」
メタルマンは、目の前にいる存在を信じ切れないでいた。
幽霊だと、ふざけてる。
メタルマンは、非科学的な存在は信じないタイプだ。
幽霊など、最も典型的なもので──苦手なものだ。
だが、この家の異常は幽霊が原因だとすれば、納得出来る話ではある──否、認められるか!?
『────クスクス、────クスクス────』
『────お前の、せいだ』
「──は、あ?」
目の前の、幽霊らしき存在からそう聞こえた。
今までの笑い声一辺倒から、はっきりと意味の分かる言葉を口にし出した。
その最初の言葉が、それ──
「何、を──」
『────お前の、せいだ』
『────お前の、せいだ』
『────お前の、せいだ』
『────お前の、せいだ』
『お前の、せいだ。お前の、せいだ。お前の、せいだ。お前の、せいだ。お前の、せいだ』
「ヒイッ?!!」
声が、複数になる。
いつの間にか、一つだった幽霊が──6つ、現れる。
白、赤、青、緑、茶、黒──様々な色の幽霊が、いる。
メタルマンは混乱した。
何が……何がお前のせいだというのだ。
私は……私は、何もやっちゃいない。カイトの家で、問題になる事はしていない!
ただ、避けていただけで──それ、か?
避けていたから、なのか? 彼の家で、異常に気づいてやれなかったからなのか?
だから、こんなふうに居心地の良かった筈の場所が、こんな事、に──
メタルマンの思考に、陰りが出てきた頃……
急に、6つの幽霊は、天井に上がって行った。
擦り抜けて、見えなくなる。
「消え、た……?」
何処かに消えていった。そう思って、メタルマンは天井を見上げる。
今ので、終わったのか。まだ何かあるのか。そう思って、見つめていると──
“巨大な、人の顔”
「──“み”、“い”、“つ”、“け”、“た”」
「──あああああああああぁぁぁぁあっァァぁぁああああああああアアアアアッ────???!!!!」
直後。
カイトの家の天井は。
メタルマンによる巨大なエネルギー光線によって。
貫通した。
「はいロードおおおおおおおおおおッ!!!!!」
その直後、カイトの声が響き渡った。