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第二十六話 来世まで待てない

 八月が終わり、九月に入っても、まだまだ大学の夏休みは続いていた。去年は夏休みが長いのは嬉しかったけど、今年はそうでもない。


 すぐに慣れると思ったのに、波留に会えないのが予想以上に辛かった。


 大学始まったら、波留に会えるかな。

 会えたところで、話せるわけないけど。

 それでも、波留に会いたい。波留が元気にしてる姿を一目でも見たいんだ。


 玲人とはあれから何回か会ったけど、『波留に会いたい』ばっかり言ってたら、誘われなくなった。セックスもさせてないから、ついに愛想をつかされたのかも。それならそれで、別にいいけどな。


 そろそろ夕方からのバイトに行く準備でも始めようかと思っていた午後三時。突然インターホンがなった。


 もしかしたら、アポなしで玲人がきたのか?

 なんて思いながら、インターホンの画面を見る。


 そこに映っていたのは、予想外の人物。水色のTシャツを着た波留だった。


「え。波留……?」

「あ、えっと、お久しぶりです」


 波留はやけにソワソワしていて、落ち着かない様子だった。


「とりあえず入って」


 玄関に向かい、直接波留を迎えに行く。


「お茶でも飲む?」

「……はい。じゃあ、いただきます」


 居心地が悪そうにしている波留に座ってもらってから、飲み物の準備をする。


 冷蔵庫から二リットルのペットボトルを取り出し、氷入りのコップに入れ、冷たい烏龍茶をローテーブルの上に置いた。


 波留がそれを半分ぐらい飲んだのを確認してから、話を切り出す。


「何か用事でもあった?」


 ためらいがちに、波留は口を開く。


「玲人さんから電話がかかってきて、亜樹先輩が会いたがってるから会いに行ってこいって」

「え……?」


 まさか玲人の名前が出てくるとは思わず、耳を疑ってしまった。


 僕があまりにも波留の話をするから、気を利かせてくれた? いや、あいつにそんな優しさがあるのか……?


「あと、玲人さんは亜樹先輩を諦めたわけじゃないからって伝言も」

「もういいよ、玲人の話は」

「あ、でも、玲人さんが……」

「玲人の話をするために来たの?」

「違いますよ! 亜樹先輩に会いたくて……。あの、オレに会いたがってたって、本当ですか?」


 波留は上目遣いで僕を見つめ、不安げに聞いてきた。


「本当だよ。会いに来てくれて嬉しい」


 波留を見つめ返し、ありのままの気持ちを伝える。

 波留のためとか自分に言い訳して、今までは言えなかったけど、もう隠せない。だって、ずっと会いたかった。


 僕はもっと冷めていて、我慢の効く人間だと思っていたのに。そうじゃなかったみたいだ。


「来世で会えたら波留の恋人になりたいって言ったの、取り消したい」

「えっ。それは本気で好きな人ができたとか、そういう……」


 波留の顔色が途端に悪くなる。

 そういう意味じゃないのに、盛大に勘違いしているみたいだ。早く誤解を解かないと。


「今さら遅いかもしれないけど、やっぱり来世まで待てないって意味」

「えっ。……え?」


 言い換えても、まだ波留は理解していない。

 はっきり言わないと伝わらないかな。立ち上がり、波留のすぐ横に座った。


「好きだよ、波留」


 波留の首に手を回し、唇を重ねる。


「一緒に背負ってくれる?」


 玲人への気持ちが一切なくても、番ったあいつを生涯忘れられないのは変わらない。僕と一緒にいたら、波留まで辛い思いをさせるかもしれないけど、それでも波留が望んでくれるなら……。


「もちろんです……っ! 背負わせてください」


 波留は金色に変わりかけた瞳にいっぱい涙を溜めて、感極まったみたいに僕を抱きしめた。肩にグリグリと顔を押し付けられ、モフモフとした耳の感触を感じる。獣の方の耳が生えてきちゃうほど、感激してくれたのかな。だったら、嬉しいな。


 波留は、僕のαじゃない。番だった玲人とは違う。永遠に番になれない『その他大勢のα』だ。

 それでも波留は、僕のたった一人の恋人だ。

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