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第二十九話 贈りもの

 付き合って二ヶ月記念の夜は、クリスマスの二日前だった。せっかくだし、ちょっとがんばって、全席個室で少しだけ高めのレストランを予約した。そこで食事をして、最後のデザートを待っている間。


「大事な話があります」


 正面に座っている波留が急にそんなことを切り出した。いつもよりもかしこまったジャケットを着た波留の表情は、真剣そのものだった。


 改まって、話ってなんだろう。


 大学の相談? バイトの話?

 まさか別れたいとかじゃないよな。


「悪い話?」

「では、ないと思います。たぶん」

「じゃあ、良い話?」

「そう思ってもらえたら、いいんですけど」


 波留は妙に歯切れの悪い言い方をして、はっきり良いとも悪いとも言わない。どういうことなんだろう。


「なんかこわいな」


 どんな話か全く予想ができなくて、ついそんな言葉が口をついてでた。


「実は渡したいものがあって」


 言いながら、波留はカバンのチャックを開けた。


「何?」

「これ、もらってくれませんか」


 少し緊張した様子で波留が差し出したのは、小さめの茶色い袋だった。


「開けてもいい?」


 茶色い袋の中に入っていたのは、僕が首につけているチョーカーと同じぐらいのサイズのものだった。


「チョーカー?」


 ブラックのレザーでできたシンプルなチョーカーには、真ん中に銀色の飾りがついていて、ソコには小さなアクアブルーの石がはまっていた。


「コレを、僕に?」


 右手に持っているチョーカーをじっくり観察してから、波留に視線を向ける。波留はやっぱり真剣な表情でうなずいた。


 番った後、自分のΩになった人にαからチョーカーを贈るのはよくあることだ。


 僕も番になった時、玲人から贈られている。

 番を解除されて、すぐに玲人からもらったチョーカーを捨てたから、今付けてるやつは自分で買ったものだけど。


「オレは亜樹先輩に何もあげられないから、せめて恋人としてチョーカーを贈りたいんです」


 本当は、番じゃない波留が僕にチョーカーを贈る理由はない。意味なんてなくても、それでも波留は、僕にチョーカーを贈りたいと思ってくれたんだ。


 どうしよう。言葉にできないくらい嬉しい。


「嬉しいよ、波留」


 波留から贈られたチョーカーをもう一度見てから、顔を上げる。


「つけてくれる?」


 椅子から立ち上がり、もらったばかりのチョーカーを波留に渡す。


 受け取った波留は頷いて、僕と同じように立ち上がった。それから、波留は僕の後ろに回って、一生消えない玲人の噛み跡を人差し指でそっとなぞる。ソコに軽く口づけてから、僕の首に新しいチョーカーをつけてくれた。


「ありがとう」


 波留の方を振り向いてから、彼から贈られたチョーカーの感触を指で確かめる。今までのものとそんなに変わらない固めの触り心地だったけど、波留からのプレゼントだと思うと、特別な感じがした。


「さっき何もあげられてないって言ってたけど、そんなことないよ。僕は、波留からたくさんのものをもらってる」


 波留の両手を取り、ぎゅっと握った。


「波留と一緒にいると、幸せだよ」

「オレもです。亜樹先輩と一緒にいられて、すごく幸せです」

「大好き」


 波留の顔がゆっくりと近づいてきて、目を瞑ろうとした。けれど、その時ノックの音が聞こえ、あわてて波留から距離をとる。


「入ってもよろしいでしょうか?」

「は、はいっ。大丈夫です」


 返事をしながら、お店の人が入ってくる前に席に着く。


 お店の人が運んでくれたのは、松ぼっくりみたいな形の何か。どんなデザートなのか説明してくれてた気がするけど、キスしようとしてたことがバレないか心配で、全く頭に入ってこなかった。


 お店の人が出ていってから、波留に目配せする。そうしたら波留は口元にだけ笑みを浮かべ、松ぼっくりを食べ始めた。


 なんだか、怖いぐらいに幸せだ。

 最近は玲人とも会わないし、平和すぎて不気味なぐらい。


 波留から贈られたチョーカーに一瞬だけ触れて、フォークを右手に持った。


 僕も、波留に何かクリスマスプレゼントを贈ろう。

 そんなことを考えながら、松ぼっくりを口に運んだ。

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