扉を開けた瞬間、胸がざわついた。何かされるかもしれない、いや、きっと何かある――そんな警戒心が無意識に募る。
だが、その不安はれんさんの行動であっさり裏切られた。靴を脱ぎ、手を洗い、淡々とした動きでリビングへ入る姿は、予想外に「普通」だった。
「れんさん、疲れたでしょ?ベッドで寝転んでもいいよ」
『うん』
簡単なやり取りのあと、れんさんはスマホを手にベッドへ移動。気を使う素振りなど一切なく、まるで自分の部屋のように寛ぎ始めた。そのあまりの自然さに、私は戸惑いながらも、どこか安心してしまう。
2人きりの空間に、どうしても意識してしまう自分が恥ずかしい。カラオケでの少し大胆なれんさんを思い出し、身構えていた私には、何も起こらない状況が逆に拍子抜けだった。
「れんさん、お風呂入ってくるね」
『どうぞ』
湯船の温かさに包まれながら、私はぐるぐると思考を巡らせる。
「え、これってどういうこと?ただ家に来たかっただけ?そんなのアリなの?」
胸の奥に芽生えた小さな期待と不安が入り混じる。湯気に紛れるため息をつきながら浴室を出ると、れんさんはまだスマホを弄っていた。
その姿はどこまでも自然体で、私が緊張しているのが馬鹿みたいに思えるほどだ。
『そろそろ寝るか』
その一言に、心臓が跳ねた。私のベッドはダブルサイズ。余裕で2人が寝られる広さだが、れんさんが隣に横になると、どうしても狭く感じる。
(え、隣で寝るの?)
心の中で問いかけるも、言葉にはできない。れんさんは当然のように横になり、目を閉じるとすぐに寝息を立て始めた。その寝顔を見つめるうちに、心臓の高鳴りがさらに加速する。
「どうして何もしてこないのよ……!」
ここまで何もないのもなんだか腑に落ちない。
結局、一睡もできずに迎えた朝、私はれんさんの寝顔を見つめたまま、小さく息をつくのだった。