はぁはぁと息が切れる。プールには5秒ごとに音が鳴っていて、あとは部員が立てる水しぶきの音がするだけ。
「行きます、よーいドン。」
唯一のマネージャーである楓が、そう声を出して、1つ前のグループが出発する。最近は少しずつ練習にも慣れてきたかなと思っていたが、やはり夏の練習はレベルが違う。大会のスパンが短い中で、いかにタイムを上げるか。そのために、学校があった時ではなかったようなキツい練習が毎日続く。
今年の1番大きな大会である中央大会はもう終わった。今から待っているのは、高校対抗と言われる大会。学校ごとに点数で競う大会だ。俺は専門種目はFr(クロールの略称)で主に長距離をやっている。メニューは夏の間は距離別に分かれていて、同じコースにいるのは俺を含めて3人。3年の橋本悠希先輩と2年の田辺拓也先輩(呼称ピー也)だけ。あとの人は中距離や短距離専門なので、俺たちよりもはるかに楽しそうに練習している。そう、キツいのは多分俺たちだけ。
休憩時間のこと。
「うっわ今日100(m)24本もあるやん。」
「サークル(制限タイム)は1分25秒か。まあまあだな。」
「向こうは今日は50(m)のHard(めっちゃ頑張る)Easy(流す)だとよ。なんだよこの格差。」
いつも通りメニューに文句をつける。他のコースは笑顔がこぼれていたり、声が出ていたりするが、こっちにはそんな余裕は無い。気を抜いたらサークルに遅れる。だからといって、頑張ったらバテるし、はぁもうしんどいだけだ。
「橋本さん先ですよ。ピー也どうする?」
「先行けアホ。お前の方が速いやろ。」
このコースについているのは楓。他のコースには先生やコーチがついている。
「楓、数えといてや。」
「頑張るわ。」
そんな感じで今日のメインスイムが始まった。
何本行っただろうか。10本くらいまでは数えていたが、そこからは記憶が無い。頭と視界が真っ白になって、耳からは何も聞こえない。ターン前のT字に描かれたラインが見えて、それに合わせて感覚で回る。出るタイミングも大体勘だ。1分19秒かそれよりちょっと速いくらいでずっと揃えているつもりだから、体内で5秒ほど数えて出発する。楓がタイムを読み上げてくれているのは知っているが、それに応える体力がもうない。少しして、楓の「ラスト!」という声が聞こえてきた。あと100mだけ。人によったらあと100mもあると思うかもしれないが、もう23本も24本も変わらない。HPゲージは残り1を指しているのに、そこからKO回避が数回繰り返されている感覚。泳ぎ終えると、グダグダになった橋本さんとハイタッチする。俺たち、生き残ったんだな。15秒ほど遅れてピー也も帰ってきて、水分を補給しながらハイタッチした。
プールから上がって楓からタブレットを1つ貰うと、これを舌で転がす。普通は塩味を感じるのだが、疲れすぎていて何も感じない。味覚はあまり働いていないようだ。
「ラスト!」
他のコースは今から最後の1本らしい。俺たちより短い距離を、俺たちより長い時間をかけて泳ぐ。楽しやがって。
Downを泳いで集合する。今日のミーティングの当番は俺だ。
「お疲れ様でした。」
『お疲れ様でした。』
「皆さんは、アニソンを聴きますか?アニソンは、90秒に収めるために展開が早くなっているものが多いです。まぁ基本的にそうです。だから、僕は聴くことが多くて、今日みたいなタフな練習のときは、めげないように頭の中で流し続けたりしています。そして、試合前に聴いて、気分をアゲたり、まぁ、のれる曲が多いからこそなんですけど。なので、自分の知っているやつからでもいいんで聴いてみてください。以上です。」
周りの反応はイマイチ。まぁ、ちょっと深いこと話したからな。
俺のクラブ内での印象は、『ヲタク』となりました。