昼食はエドアルドと一緒に話をしながら和やかに食べることができた。
エドアルドの口数が少ないのでどうしてもリベリオがたくさん話す形になってしまうが、静かに聞いてくれるエドアルドの姿に安心するし、沈黙が落ちても気まずくならないのがよかった。
午前中の授業は座学で、午後の授業は着替えて体育館での魔法の練習だった。
まず最初に先生がクラスの生徒を一列に並ばせる。
「これから皆さんがどの属性の魔法に特化しているか、調べたいと思います。一人一人、計測器に魔力を注ぎ込んでください」
魔力制御を午前中に座学で習って、午後は実践というわけだ。
以前から練習していたリベリオは全く問題なくできるのだが、他の生徒たちは躊躇っている。一番前に並んだのはビアンカだった。
ビアンカが長方形の石板のような計測器に手を翳すと、様々な色の付いた光が立ち上る。
白が風魔法、青が水魔法、赤が火魔法、茶色が土魔法、透明に近い白が光魔法、黒が闇魔法なのだが、ビアンカは白、青、赤、茶色が同じくらいの強さで、透明に近い白が少しだけ光っていた。
「殿下は風、水、火、土が強く、光の特性も僅かにお持ちですね」
先生が助手に記録させている。
続いて前に出たリベリオが魔力を注ぎ込むと、白に近い透明の光が強く立ち上った。
「アマティ家の御子息は珍しい光魔法の特性だけお持ちのようです。戦闘よりも癒しの魔法を習っていった方がよさそうですね」
他の属性の魔力は持っていないようなので、リベリオは戦闘では全く役に立たないことが分かってしまった。
「リベリオ様は光属性なのですね。わたくしも光の特性を少し持っていますが、光属性特化の方は珍しいと聞いていますわ」
「そのようですね。戦うのは怖くてできないので、癒しの魔法を使う方がわたしに合っているのかもしれません」
測定が終わったビアンカに話しかけられて、リベリオは素直に自分の気持ちを口にしていた。
剣術の稽古もアマティ公爵家でしていたが、リベリオはあまり向いていないとは言われていた。戦うのが怖くてすぐに目を瞑ってしまうし、攻撃も怖くて打ち込めない状態なのだ。
癒しの魔力はレーナに似たのだろうが、大切なひとが傷を負ったときに癒せるというのは嬉しいことだし、戦いにおいても救護部隊として後方支援ができる。
クラス全員の測定が終わった後で、先生はクラスの中でグループを作っていった。
複数の属性を使える攻撃系のグループと、同じ属性を使える攻撃系のグループと、癒しのグループ。
癒しのグループはリベリオ一人だけだった。
「今後はこのグループに一人ずつ教師がついて教えていくことになります。今日の授業はここまでとします」
先生の言う通りこのグループに一人先生が付くのならばリベリオは一対一で教えてもらうことになる。どんな先生に教えてもらうことになるのか緊張しつつ、午後の授業は終わった。
魔力の制御がうまくできない生徒のために先生が教える時間があって、測定だけでかなり長引いてしまったのだ。
午後の授業が終わるとお茶の時間になる。
ビアンカがリベリオに招待状を渡してきた。
「アルマンドお兄様から預かっていたものです。アルマンドお兄様のお茶会にぜひ出席してほしいとのことです」
「ありがとうございます。エドアルドお義兄様も一緒なのですよね?」
「もちろんです」
エドアルドが一緒ならば安心だとリベリオはビアンカについて行ってサンルームに向かった。他の学生たちは食堂や、地位の高いものは特別室を借りてお茶会をしているという。
サンルームでお茶会をするのはアルマンドくらいだろう。
アルマンドの学友がいるのかと警戒していたが、サンルームに着くとアルマンドとエドアルドしかいなかった。
「エドアルドが嫌がるから、今年からはリベリオとビアンカが増えるので、学友には遠慮してもらったよ。四人だけで寛いでお茶を楽しもう」
「お招きいただきありがとうございます、アルマンド殿下」
「リベリオはぼくの義従兄弟なんだから、そんなにかしこまらなくていいんだよ」
「そういうわけにはいきません」
観賞用の緑が設置されたサンルームの中で、ソファに座りながら話していると、エドアルドがリベリオの横に座る。
「エドアルドお兄様、そこはわたくしに譲るところではございませんの?」
「リベリオはぼくの弟」
「エドアルドは本当にリベリオをかわいがっているからね」
リベリオの横に座りたかった様子のビアンカは渋々アルマンドの横に座っていた。
「ぼくの隣りには座りたくないみたいじゃないか」
「アルマンドお兄様は感情が読めてしまうから……」
感情が読める?
アルマンドのことを知らなかったリベリオは蜂蜜色の目を丸くする。
「アルマンド殿下は感情が読めるのですか?」
「少しだけね。相手の喜怒哀楽が分かるくらいだよ。それでも、嘘の仮面を張り付けて生きている貴族社会では役に立っているよ」
王族には感情を読んだり、未来を見通せたりする能力者がいると聞いていたが、エドアルドが先見の目の持ち主で未来を見通せるように、アルマンドは他人の感情を読み取れるようなのだ。
「それで、エドアルドお義兄様とアルマンド殿下は仲がいいのですね」
「ただの従兄弟」
「ひどいな、エドアルド。生まれたときからお互い知っているのに」
ただの従兄弟だと言ってしまうエドアルドもそう言えるだけアルマンドと気安いのだろう。
アルマンドとエドアルドが仲がいい様子を見ているとリベリオはなぜか複雑な気分になってしまう。
リベリオはエドアルドとこんな風に気安くなれないし、エドアルドの感情を読み取ることもできない。
感情が読めるということは決して楽なことではないのだろうが、アルマンドはそれを気にしていないように振舞っている。リベリオの胸に生まれた濁った感情もアルマンドには読み取れてしまうのだろうかと、リベリオは急いで胸の淀みを払った。
「お茶会のお茶の仕入れやお茶菓子の仕入れもアルマンド殿下がされているのですか?」
「去年までは学友の一人がしてくれていたけれど、今年からはぼくがするようになるね。今回までは学友がしてくれていたのを引き継いだだけの形になるけど」
給仕がお茶の準備をしてくれて、お茶菓子も出してくれる。お茶会を主催する立場になったときに困らないように、学園ではお茶会の時間までを授業の一環として学びの場としているのだ。
「エドアルドに頼むわけにはいかないだろう? エドアルドはこの通り、『氷の公子様』だからね」
「違う」
「違うと言っても、エドアルドが『氷の公子様』と呼ばれているのは間違いないよ。リベリオの病を治した功績もあるから、エドアルドは令嬢の注目の的になっているのに、この雰囲気で近寄らせないからね」
「必要ない」
「エドアルドの心を射止める令嬢が現れる日が来るのか、ぼくは楽しみにしているんだけどね」
エドアルドの心が動いたときには、アルマンドにはすぐに知られてしまうのだと思うと、リベリオは感情が読める能力も嬉しいだけのものではないと思い知る。自分だったら耐えられない。大好きなひとが恋に落ちる瞬間を知ってしまうなんてできない。
アルマンドはエドアルドのことを何とも思っていないからいいのだろうが、アルマンドの口からエドアルドが恋に落ちた瞬間を語られたとき、リベリオはどんな顔をすればいいのだろう。
困惑しているリベリオに、アルマンドが紅茶のカップを持ち上げて一口飲み、悪戯っぽく笑う。
「リベリオはまだ『お兄ちゃん』が一番なのかな?」
「え!? どういう意味ですか?」
「リベリオもアマティ公爵家の養子として、婚約してもいい年ごろではあるはずなんだけどね。まぁ、この年で婚約していないぼくが言うのもなんだけど」
自分が婚約。
エドアルドの婚約のことばかり考えてリベリオは自分の婚約について考えたことはなかった。
「わたしにはまだ早いと思います」
「それなんだよね。ぼくも婚約話はいらないって言っているのに、周囲がうるさくて。今のはぼくが意地悪だったね、ごめんね。ぼくが言われたくないことをリベリオに言っちゃった」
素直に謝ってくれて、その話題はそれで終わったのだが、リベリオの胸には自分の婚約のことがしこりのように残っていた。
婚約も結婚もしたくない。
ずっとエドアルドと兄弟仲良く暮らしていたいだけなのに、それは叶わなくなる。
いつかはエドアルドと別々の道を選ばなければいけないのかと考えると、それだけでリベリオは気持ちが重くなった。