リベリオと離れる。
エドアルドが十二歳でリベリオが九歳のときから、エドアルドとリベリオはずっと一緒だった。
魔力臓が壊れていたせいで、魔力核の魔力供給が多くなりすぎていて、魔力臓に納まりきれなかったリベリオのために、魔力の相性がいいエドアルドが魔力を受け取っていたのだ。
ひび割れた器のようになっていたリベリオの魔力臓は、魔力核がどれだけ魔力を作りだして注いでも魔力が枯渇していた。それをエドアルドが魔力を与えて普通の九歳の男の子のように過ごせるようにしていたのだが、魔力臓が治った後も魔力核の注ぐ魔力量は魔力臓が受け止められる量ではなくて、今度は逆にエドアルドがリベリオから魔力を受け渡してもらって、魔力暴走や魔力酔いにならないようにしていた。
それも、リベリオの体が成長するにつれて魔力核と魔力臓のバランスが取れて来て必要なくなった。エドアルドはアマティ公爵になるためにアマティ公爵領で実務を覚えなければいけなかったし、リベリオは王都の学園で学ばなければいけなかった。
王都のタウンハウスとアマティ公爵領のお屋敷とで離ればなれになったリベリオとエドアルド。
エドアルドは真剣に悩んでいた。
(リベたんは週末にはアマティ公爵領に帰ってきてくれるって言ってるけど、それも負担だよね。お兄ちゃんが大人になって、そんな無理をしなくてもいいんだよって言ってあげなきゃいけなかった! でも、そんな心にもないこと言えない! お兄ちゃんは! 今すぐにでも! リベたんに! 会いたい!)
リベリオに会いたい。
リベリオの華奢な体を抱き締めて、甘い香りのするふわふわの蜂蜜色の髪に鼻を埋めたい。リベリオの匂いを胸いっぱい吸い込んで、リベリオを自分のものだと実感したい。
離れていれば離れているほどエドアルドの気持ちは強くなってくるようだ。
離れた初日の通信で、リベリオはエドアルドに言った。
指輪に込めていたお互いを呼び合う転移の魔法で、アマティ公爵領まで一瞬で飛んでこられるのではないかと。
それを聞いて、エドアルドはそんな使い方を想定していなかったので、驚くと共に喜んだ。
(リベたんが危機に陥ったときにいつでもお兄ちゃんを呼べるようにかけてもらっておいた魔法が、こんなことで役に立つなんて! 移転の魔法をかけてもらっておいた過去のぼく、グッジョブ! なんて素晴らしいことを思い付いたんだ!)
しかし、そのことをリベリオがビアンカから教えてもらったというと、胸がちくちくと痛むような気がする。
(リベたんはやっぱり、こんなごつくてでかい男よりも、小さくてかわいい女性の方が好きなんじゃないだろうか。ビアンカはぼくにも少し似てるし、ビアンカの方が好きとか言われたらどうしよう!? いや、無理無理無理無理! ビアンカは王女だし、ぼくとリベたんは国王の伯父上の決めた結婚なんだから、ビアンカでも覆すことはできないはず!)
結婚することができても、リベリオの心が違う相手にあるとしたらエドアルドはそれはそれで耐えられない気がする。
どんなことをしてもリベリオを手に入れたい気持ちはあったが、リベリオがそれを望まない場合はどうすればいいのだろう。
エドアルドにとっては時々曲解されてしまうが、リベリオ以外に自分のことを理解してくれる相手はいないし、リベリオ以上に愛おしいと思う相手はいなかった。
毎週末に大変なのにアマティ公爵領に帰ってきてくれると約束するくらいにはリベリオはエドアルドのことを思ってくれている。
これが家族としての愛情だとしても、いつか恋愛感情に変わる日も来るのではないだろうか。
(リベたんにぼくもはっきり伝えないと! 愛してるって! そうじゃないと、リベたんの気持ちを聞く資格はないし、リベたんを幸せにするって誓ってるんだから!)
日々忙しくジャンルカからアマティ公爵領を統治する執務を教えてもらいながらも、エドアルドは週末を心待ちにしていた。
リベリオと離れてから初めての週末。学園が休みになる前の日の学園が終わってから、リベリオから通信が入った。
ちょうど執務が終わって、エドアルドは自分の部屋に戻ったところだった。
『エド、準備ができたよ。わたしを呼んで』
制服から私服に着替えて、トランクを持ったリベリオの立体映像が映し出されて、エドアルドは即座に指輪に魔力を込めた。
指輪の魔法は使うものの魔力と、魔石に込められた魔力で発動する。魔石の魔力は放っておくと減っていくばかりなので、使ったら補給しなければいけない。
専門家が作った魔石ならばもっと魔力を大量に保持しておけるのだが、エドアルドは婚約指輪にはリベリオが魔力を込めた魔石を使いたかった。リベリオが魔力を込めてくれた魔石は、エドアルドの目とよく似た色とリベリオの目とよく似た色になっていて、それがリベリオの気持ちのような気がしていたのだ。
リベリオの魔力を込めた魔石は、専門家の作った魔石のように大量の魔力は保持しておけない。そのために、移転の魔法は一週間に一回くらいしか使えなくて、その後は毎日魔力を補充して、また次回使えるようになるくらいだった。
一週間に一度と言っても、リベリオを呼ぶとエドアルドの前にリベリオが転移してきて、エドアルドは思わずリベリオの体を抱き締めていた。
ずっと夢見ていたリベリオだ。
(わー! 生リベたんだ! 細いけど男性らしくなってきた体付き、甘い香りのするふわふわの蜂蜜色の髪! ぼくの天使がここにいるよ! いらっしゃい、リベたん!)
「エド、会いたかった」
「ぼくも」
恋人のような会話をしていることに気付いて、エドアルドは興奮してくる。
(リベたんがぼくに「会いたかった」って言ってくれてる! リベたん、ぼくもずっと会いたかった! この一週間が永遠のように感じられていたよ!)
感動のあまりリベリオを抱き締める腕に力がこもってしまって、リベリオが腕の中で身じろぐ。
「エド、苦しいよ」
「ごめん」
嬉しすぎて力がこもりすぎたようだ。
残念に思いながらリベリオの体を放して、エドアルドはリベリオの部屋までリベリオを送っていく。部屋の前で立ち止まって、リベリオがエドアルドを振り返る。
「エドはもう今日の政務は終わったの?」
「終わった」
「それなら、一緒に部屋に来ない?」
(それって、もしかして、「一瞬も離れていたくない!」とかいう感じですかー!? お兄ちゃん期待しちゃっていいの!? いや、何もしないよ! リベたんはまだ十五歳だもの! 成人してからしかお兄ちゃんはリベたんに何もしないけど! 一緒にいられるのは嬉しいー!)
顔はいつもの無表情ながら心の中で叫び声を上げるエドアルドに、リベリオはドアを開けてエドアルドを部屋に招いた。
エドアルドをソファに座らせて、自分はトランクの中から服を取り出してクローゼットにかけている。
学園の教科書やノートは机の上にきれいに並べて、荷物が片付くと、リベリオはエドアルドの横に座ってきた。
「この一週間、不思議な感じだった。エドと出会ってから、わたしはずっとエドと一緒にいたから、いないのに慣れなくて」
「ぼくも」
「食事もエドと一緒なら楽しかったのに、一人だと食堂が広く感じられて、すごく寂しかったよ」
今こそ、エドアルドは言うべき時なのではないだろうか。
リベリオにはっきりと自分の気持ちを。
「リベリオ、ぼくはリベリオのことが」
「エド……?」
「すき……」
「え!? 隙? また狙われるってこと? 隙を見せてはいけないってことだよね、エド?」
全然通じていない。
それどころか、曲解されてしまった。
(違うよ! リベたん! これは愛の告白なんだ! 「好き」って言ったの! 「隙」じゃなくて!)
心の中で弁解するのだが、リベリオの勘違いは止まらない。
「わたしが王都で狙われるってことなんだね? 分かった、エド。できるだけ隙を作らないようにする。いつもわたしのために先見の目を使って気を付けてくれてありがとう」
「あ、いし」
「石? 魔石のこと? そうか! 何かあったら指輪の魔石でエドのことを呼べばいいんだね! 分かったよ! エドには迷惑をかけるかもしれないけど、何かあったらいつでもエドのことを呼ぶよ」
やはり通じない。
(愛してるって言いたかったんだけどー! 石じゃないんですけどー! リベたん、思い込んだら絶対に自分の意見を変えてくれないから! どうすればリベたんに気持ちが通じるんだろう! ぼく、もっと表情が動けばいいのに! もっと喋れればいいのに!)
表情が動かないのも、言葉がうまく出てきてくれないのも、亡き母、カメーリアの遺伝だと分かっているだけに、改善できる気がしなくてエドアルドは落ち込んでしまう。
いつかはリベリオに甘い言葉を溢れるほどに囁けるようになりたい。
そのためにはどうすればいいのか。
(せめて、リベたんの誤解が解けて、ぼくが先見の目の能力なんてないって分かればいいんだけど)
心の中は雄弁なのに、まったくリベリオには通じていない事実にエドアルドは打ちのめされていた。