学園が休みになる前の日の学園が終わってから、エドアルドに呼んでもらって移転の魔法でアマティ公爵家まで飛んだら、エドアルドはリベリオを抱き締めて迎えてくれた。
がっしりとした腕が背中に回り、強く抱き締められて苦しいほどだったが、それだけエドアルドがリベリオに会いたいと思ってくれていたのだと思うと嬉しくもなる。
エドアルドの部屋だったのでダリオの邪魔もなくゆっくりと再会を噛み締めることができた。
着替えて荷物も片付けるためにリベリオの部屋に行くとき、リベリオはエドアルドも誘っていた。着替えなんて男同士だし見ても構わないだろうし、荷物を片付けている少しの間もリベリオはエドアルドと離れたくなかったのだ。
着替えはクローゼットに片付け、勉強道具は机の上に置いて、着替えをしてエドアルドとソファに座ると、エドアルドが先見の目を使って予言を口にした。
王都では決して隙を見せてはいけないこと。何かあればエドアルドを魔石の魔法で呼ぶこと。
リベリオ自身には攻撃魔法の才能は全くないうえ、剣術も怖くて全く剣が使えないくらいなのだ。何かあれば自力で逃げることも難しい。
それに対してエドアルドは火、水、風、土の全ての属性を持っていて、攻撃魔法に秀でていて、剣術も学園ではずっと首席だった。何より体格がいいので簡単に押さえ付けられたりしない。
がっしりとしたエドアルドの体付きを見ながら、リベリオは結婚してからのことを考えずにはいられなかった。
エドアルドはアマティ公爵になる。リベリオはその伴侶となる。公爵家には後継ぎが必要だ。同性同士でも子どもを作れる魔法薬があるのだが、それを飲むのはリベリオの役目になるのだろう。
男性同士でも結婚したらどちらかが女性役をしなければいけないと分かっているが、それが自分になると思うと恐ろしさも感じる。
女性でも妊娠、出産時には命が危うくなることがある。エドアルドの母カメーリアは、エドアルドを産むときに亡くなってしまっている。
魔法薬で子どもが産める体になったとして、リベリオが安全に妊娠、出産ができるかは分からない。
考えるだけで恐ろしくなってしまうので、頭を振ってその考えを振り払うと、エドアルドがリベリオの手を取った。
「夕食に」
「そうだね、エド」
二人の時間はもっと持っていたかったが、そろそろ夕食の時間になる。この国の夕食はお茶の時間があるので少し遅い傾向にあるのだが、アマティ公爵家はまだ幼いダリオのために家族全員で食事ができるように、夕食も早めにしていた。
エドアルドに手を引かれて廊下に出ると、隣りの部屋のアウローラが廊下に出て来るところだった。アウローラはリベリオを見て蜂蜜色の目を見開く。
「リベリオお兄様、もう到着していたのね。馬車の音がしないからまだ来ていないかと思っていたわ」
「エドアルドお義兄様の注文してくださった指輪に移転の魔法がかけられていて、アマティ公爵領までは移転の魔法で来たんだ」
「そうだったのね! エドアルドお義兄様も用意周到だわ」
「エドアルドお義兄様は先見の目があるからね。このことも予見していたのかもしれない」
指輪を作るときにエドアルドはここまで考えて魔法をかけさせたのかもしれない。そっと左手の薬指の指輪を撫でると、指輪に埋まった魔石の色が薄くなりかけているのに気付く。今回の移転の魔法で魔力をかなり使ったのだろう。
これから一週間かけて魔力を注いでいけば、また次の休みの前の日には移転の魔法が使えるようになるだろう。
「リベリオおにいさま! おかえりなさい!」
食堂に行くと椅子に座っていたダリオが飛び降りて走ってきてリベリオに抱き着く。かわいい弟を抱き締めて、リベリオは丸い頬を撫でて、緑色の目を覗き込む。
「ただいま、ダリオ。寂しい思いをさせたかな?」
「さびしかったのは、リベリオおにいさまでしょう? でも、エドアルドおにいさまといっしょにいられてうれしいっておもってる」
「え? ダリオ?」
無邪気に告げるダリオにリベリオは蜂蜜色の目を丸くする。
まるで心を読まれたかのような感覚に驚いていると、ジャンルカが説明してくれた。
「ダリオはアルマンドと同じく、周囲の感情が読めるようなのだ。王家の血筋には稀に出る能力だ。これから周囲の感情を知ることによって、ダリオが苦しまないといいのだが」
貴族社会はきれいなものではない。ときにどろどろとした汚い感情が渦巻くときがある。それをまだ五歳のダリオが感じ取ってしまうのはかわいそうだが、王家の血が能力を発現させたのならば仕方なかった。
「エドアルドおにいさま、おちこんでるの? リベリオおにいさまとなにかあったの?」
「エドアルドお義兄様が落ち込んでいる!?」
表情は全く読めないが、感情を読むことができるダリオが言うのだから間違いないのだろう。リベリオがエドアルドの方を見ていると、エドアルドが小さく呟く。
「リベたん」
九歳で出会ったときから、エドアルドはリベリオの名前をこうやって噛んでしまうことがよくあった。噛んでしまったことを指摘するとエドアルドが恥ずかしがるだろうし、それほど困るような言い間違えではないのでリベリオは気にしないでいたが、ダリオが身を乗り出す。
「エドアルドおにいさま、だいすきな『リベたん』にだいすきってつたわらないとおもってる!」
「大好きなわたし?」
鋭く言い当てるダリオに、どういう意味か分からなくてリベリオは混乱する。
「ダリオ、それはぼくの口から言う」
「そうなの?」
「ぼくが言わないといけない」
ダリオに聞いてみればもっと詳しいことが分かりそうだが、エドアルド自身がそれを断っているのでリベリオもダリオには聞かないことにした。
「ダリオ、ひとの気持ちが分かっても、軽々しく口にしてはいけないよ。自分の心を暴かれるのを、ひとは嫌うものなのだからね」
「いっちゃだめなの?」
「ダメだ。ダリオにはそういう貴族教育も早いがしなければいけなくなるようだね」
ジャンルカの言う通り、読めた感情をそのまま口にしていたらダリオは貴族社会でやっていけないだろう。春には六歳になって、お茶会にもデビューするダリオ。それまでにしっかりと教育しておかなければいけない。
「ダリオには相談相手が必要なのではないでしょうか? 次王都に行ったときに、アルマンド殿下にお話を聞いていただく機会はないですか?」
「アルマンドも同じ能力の持ち主だからな。アルマンドが相談役になってくれたら助かるだろう。アルマンドと会う機会を作ろう」
ダリオに発現した周囲の感情を読んでしまう能力の制御や付き合い方を、同じ能力を持っているアルマンドならばよく分かっているだろう。アルマンドと会う機会を作ろうというジャンルカに、リベリオはほっと胸を撫で下ろした。小さな弟がリベリオも心配だったのだ。
夕食を食べ終わると、小さい子からお風呂に入る。
ダリオが乳母にお風呂に入れてもらって、それからアウローラがお風呂に入って、リベリオがお風呂に入って出ると、エドアルドの部屋にお風呂から出たことを伝えに行く。
ドアをノックすると、エドアルドはすぐにドアを開けてくれた。
再会のときには抱き締められて苦しいくらいだったのでエドアルドの部屋をじっくりと見られなかったが、机の上には書類が乗っていて、今も書類に目を通していたのが分かる。
「エド、忙しいんじゃないの?」
「明日、休むため」
「明日、エドもお休みなの!?」
週末にアマティ公爵領に帰ってきても、エドアルドは忙しくて食事のときやお茶のときにしか一緒に過ごせないと思っていただけに、エドアルドが少し無理をしてでも明日を休みにしてくれようとしていることが嬉しくてたまらない。
「エド、わたし、エドと一緒に過ごしたかったんだ。嬉しい!」
「ぼくもリベリオと一緒に過ごしたかった」
「エド、あのね……わたし、エドのことが……」
想いは言葉にしなければ伝わらない。
勇気を出して口にすると、エドアルドがその続きを静かに待っている気がする。エドアルドの青い目が紫色を帯びて、濃くなっている。
「エドは、わたしのこと家族としか思ってないかもしれないけど、わたしはエドが好き。多分、エドと魔力の相性がいいって言われて、エドがわたしに魔力を毎日注いでくれるようになってから、少しずつ好きになってた。エドにとってはこの婚約は国王陛下に言われて、仕方なくしたものかもしれないけど、わたしはエドが好きだから、好きになってもらえるように努力する」
必死に言葉を紡いでエドアルドの顔を見上げると、腕を引かれて部屋に連れ込まれた。リベリオの背中でドアが閉まる音がして、エドアルドがリベリオの頬に手を添えてリベリオの蜂蜜色の目を覗き込んでくる。
「ぼくも」
「え、エド?」
「ぼくも、リベリオのことが」
その言葉の先に続くのは何なのだろう。
顎を持ち上げられて上を向かされ、リベリオはエドアルドの強い瞳を見ていられなくて目を閉じた。柔らかなエドアルドの唇がリベリオの頬に落ちる。頬に、額に、鼻先に唇が落ちて、リベリオは心臓が早鐘のように打ち、顔が熱くなる。
「エド……」
エドアルドも同じ気持ちなのだろうか。
パジャマ姿で抱き締められたまま、リベリオが恐る恐る目を開けると、エドアルドはそっと体を放していたが、リベリオを見る目は紫を帯びていて、エドアルドの強い感情が伝わってきそうだった。