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第八十五話 望まなかった変化と、唐突な答え

「何ひとりでブツブツ言っているのよ」

「うわっ、エ、エヴァ様!?」

 絶対に開かないと思って油断していた俺の目の前で、当然のように開いた扉に驚き思わず声をあげてしまう。


 普段ならノックした後、彼女の逃走経路を追いかけているはずなのに、今日のエヴァ様は逃げるどころか、なんとちゃんと身なりを整えていたのだ。


「何よ」

「い、いえ。えーっと、今侍医を呼びますのでお待ちください」

「なんでよ!?」

 俺の発言に目を吊り上げるが、そりゃそうだろう。彼女の護衛騎士に任命されて三年、こんなこと一度もなかった。


(絶対熱だ)

 そうか禄でもないことを考えているはず。


 そう思い、彼女の額へと手を伸ばす。俺の手のひらは熱を測ろうとして触れる瞬間のことだった。


 ──パシン、と乾いた音が響き、思わずフリーズしてしまう。

 エヴァ様に手を払われたのだ。


 この程度、決して痛くない。痛くないはずなのに、どうしてかやたらとヒリヒリと痛い。


「え?」

「あ」

 俺の手を払ったエヴァ様も驚いた顔をしている。


(いや、これって当然の反応だよな)

 戸惑った彼女の顔を見てハッとした。そもそも今までこの距離感が許されていたのは彼女が受け入れていたからであり、本来ただの護衛騎士が主人に触れるには許可がいる。

 何も声を掛けず、突然手を伸ばされれば驚くのも、払われるのも当然だ。


 そう思い、慌てて俺が一歩下がって頭をさげる。


「出すぎた真似をいたしました」

「い、いえ。いいの、ちょっと驚いただけっていうか」

 歯切れの悪い彼女にズキリと胸が痛い。心当たりはひとつだけ、俺たちの気持ちが暴露されたあとだからだ。


(想いを、告げるだけ)

 告げて何が変わるわけではないと思ったけれど、もし告げればもっと距離感が変わるのだろうか。一瞬そんな不安が胸を過る。だが、既に俺の気持ちが勝手に暴露されている状態だ。それに俺の想いを知ってこの反応をされているならば、どうせ振られるとわかっていても俺の口で言いたいと思うのはおかしなことではないはず。


 本来ならば許されないとわかっていても、先日のアルフォードとの会話の件も俺を後押しし、俺が口を開こうとした、その時だった。


「今日の護衛はいらないわ」

「……え」

「私、今日はこの部屋から出ないつもりなの」

 ハッキリと言われた言葉にポカンとする。今まで彼女がこの言葉を言ったのは任命式の時で、そしてそれは完全に相手を油断させるようなものだったけれど──


「心配ならこの部屋をオーラで囲っておいてもいいわ。最初に約束した通り、オスキャルは私が〝外に出る時〟だけ護衛してくれたらいいから」

「えっ、あ、エヴァさ……、っ」

 俺が言い終わるのを待たず、そのままバタンと扉が閉められ呆然とする。


(オーラで囲っていいって……)

 つまり彼女は本当に今日この部屋から出ないつもりなのだろう。

 臨時休暇だ。離れることは護衛としてできないが、訓練所で訓練してもいいし、厨房でおやつを食べてもいい。

 専属護衛としての部屋も与えられているから、そこでくつろいでも問題はない。


 最初に約束した通り、と言われたということはエヴァ様も任命式の時の約束を言っているのだろう。それは確かに魅力的な提案だったし公約通りのことでもあったが、どうしてか俺の心には何故か穴が開いたような虚しさを残した。


 そして、この出来事はその一日だけでなかったのだ。


「今日はお兄様と視察に出るの。お兄様もオスキャルほどではないけれど騎士としての実力は確かだし、近衛騎士も護衛として来てくれるからオスキャルは休みで構わないわ」


「そうね、今日は性女……じゃなくて、メイリアンと会うんだけど、彼女の方にここまで出向いて貰うから護衛は不要よ」


「部屋からは出るけれど、目的地は王城内の私の庭園よ。アルフォードの使う薬草を大量に植えたから見に行くだけ。ついてくる必要はないから」


(全然話せねぇ……!)

 あらゆる理由で護衛を断られている。というか、流石にわかる。これは避けられているのだ。


「俺が、好きだって言おうとしてることに気付いたから……?」

 いや、そもそも俺の気持ちが公然のものになったからだろうか。

 最初から受け入れて貰えるとは思っていなかったけれど、それでもまさか言わせて貰えないとまでは思っておらず小さなため息が漏れる。


「……いや、そもそも想いを告げるという行為が許されてないか」


 姫と護衛。身分差はわかりきっている。元々の距離感が近く、つい忘れがちだが彼女は王族で俺は少し強いだけの護衛騎士なのだ。

 決して隣に立てるような器ではなく、こんな想いを抱くこと自体が罪深い。


(アルフォードたちに当てられていたかもな)

 種族を越え、それでも互いを唯一だと最期まで、いや亡くなてからも愛し続けているふたり。

 そんなふたりを感じ、そしてアルフォードに背中を押されてつい『俺も』となったことが間違いだった。俺たちとアルフォードたちは全然違うのだ。


 やはり告げるべきではない。それを望んでないから、彼女も俺を避けるのだ。

 だって俺は、ただの護衛だから。


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