「……エヴァ。あの家、潰そうか?」
「け、結構ですよ、お兄様!?」
とんでもない言葉が聞こえ、慌てて首を左右に振る。
「これくらいはまだ可愛いものです」
不快でないといえば嘘になるが、兄をここで暴君にするわけにはいかない。必死に笑顔を作ると、私の両頬にふにっと温かいものが触れ、それがすぐに双子の姉たちの頬だと気付く。
「可愛いのはエヴァよ」
「そうよそうよ、だからこそ可愛いエヴァに何か言う人たちは潰してもいいわ」
「よくないですからね!? お姉様!?」
「子供たちが立派に育ってくれて嬉しいな」
「立派じゃなくて過激に育ったんですよ!?」
まるで穏やかな団欒のようなことを言う父と姉たちに噛みつくような反論をすると、みんなが一斉に笑顔を浮かべる。そしてその笑顔のまま、会場を一瞥した。その瞬間、会場が静まり返る。
(わ、わざとか……っ!)
家族仲のアピール……を使った脅しのようなものだったらしい。
そのことに気付き、苦笑する。だが、私を守ろうとしてくれる家族に、胸が熱くなるのも本当だった。
一瞬感じた居心地の悪さも、家族のお陰もありそれ以降はあまり感じない。というのも、単純に突如現れた幽霊姫への対応を決めかねているらしかった。
まぁ、考えればあたり前でもある。家族、つまりは王族から大事にされている様子なら、幽霊姫と蔑むのではなく取り入る方が利が大きい。
(それでも、今まで幽霊姫と蔑んできたせいで距離感に困ってるようだけど)
今更手のひらを反すことに抵抗があるのか、周りの様子見段階なのか。
当たり障りのない挨拶だけを一通り終え、自由時間も遠巻きに見られるだけである。だが、悪意のある視線が減っただけでも居心地は格段によくなった。戸惑ったような視線はまだまだ感じるけれど、注目を集めるのは覚悟していたし、好奇の目を向けられることも覚悟済み。気にするほどでもないと、配られたシャンパンに口をつけようと思った時だった。
「オスキャル様の自由も奪うような人なのに」
「でも、今は解任されたのですよね?」
「気分で捨てるなんて、流石王女サマですわ」
その言葉は、どの言葉よりも私に刺さった。
──最年少ソードマスター。そんな彼を専属の護衛にし、何年も拘束していたのも事実。私の護衛だった時間、オスキャルはパーティーというパーティーに出ていない。伯爵令息である、彼は仕事があるから、と一度も出ていないのだから、そう思われても仕方ない。
別に専属がオスキャルだけだからといって、ずっと私の側にいなくてはいけないわけではないし、用事があれば一時的に護衛の任を近衛騎士などに任せても問題はなかったけれど。
(私がすぐに脱走を試みるから)
それを懸念したのか、オスキャルはどの誘いも断っていた。それを知っていて、私もあえて行かせようとはしなかった。
決して無理やり縛っていたわけではなかったけれど、彼が行かないことを望んだのは事実だったからだ。
私が何も言わないからか、彼女たちの視線が更に刺さる。オスキャルに憧れている令嬢は、少なくない。イェッタだって、そうだった。
彼女は真正面から挑んできたから払ったけれど、今オスキャルと私は護衛と主という関係すらもなくなり、何も主張することはできない。もう、反論する権利も持っていないことが、胸を締め付ける。
こんなことで自覚させないで欲しいのに、胸が痛いのはやはり彼を好きだからなのだろう。
早く忘れてしまわないといけないのに、今から自分が望んでサイラスを紹介して貰うつもりだというのに、彼女たちに『勝手な事を言わないで』と対峙する権利がもうないことが、悔しいだなんて。
「本当に、自分勝手だわ」
「え。もしかして本当に気分で捨てちゃったの?」
「……えっ?」
突如真後ろからの声に驚き、後退りしながら振り返ると、そこにいたのはカッチリとした白い礼服に身を包んだ、淡い金髪の男性だった。
前髪の半分だけを上げたその髪型は、柔らかく細められた赤い瞳と相まってどこか幻想的。よく見るとアメジストを使ったタイピンやカフスボタンなど細部に紫がいくつも取り入れられているのは、我がリンディ国の王族の色を意識しているのかもしれない。
それらのどの宝石にも見劣りしないそのルビーのような瞳がまっすぐ私を射抜くように見つめられると、思わず口だけをはくはくと動かしてしまう。
(こんなに麗しい男の人、見たことないわ)
家族贔屓を除ても、兄のアルゲイドだって見目麗しい部類だし、姉たちだって美しい。神秘さで言えばこの間出会ったエルフのアルフォードだって負けてはいないけれど、彼らとはまた違ったその姿は、まるでおとぎ話の王子様そのものだった。
さっきまで聞こえてきた陰口が今は全く聞こえないのは、突然現れた彼のせいで令嬢たちも口を声を失ってしまったのだろう。
(こんなに格好いい子息のいる貴族っていたかしら)
だがイェッタのように普段は他国で暮らしている親戚が来ているパターンもあるし、名前は知っていても顔までは知らない貴族もいるかもしれない。
相手と距離感に迷っていると、先に口を開いたのは彼のほうだった。