ずっと続くでこぼこ道路。
夕暮れ、ニュータウンを飛び出して初めての景色だ。
裸なうえ途中まで削られた山々と千切れそうな雲の隙間から茜色が差して、どんどん紺色が強く染まる。
思わず電動バイクを停めて、魅入ってしまう。
「すげぇ綺麗だけど……」
いつ着くんだよ、次の町は。
『残り50キロです。このまま走り続ければ、21時5分に到着できますが、野宿という手段もあります』
案内ナビを使ってこのスマホに居座る、謎の存在『しーちゃん』が勝手に喋る。
「野宿……」
辺りは廃墟の集落。
見上げれば、高架橋に支えられている大きな道路があって、途中で崩れてる。鉄筋を剥き出しにして、コンクリートが垂れ下がっている。あんなのが落ちてきたら一溜りもない。
宿泊費をケチりたい気もある、うん、野宿にしよう。あとは、安全な場所を探すだけ。
廃墟の集落って安全に見えるけど……どうなんだろう。
『最近の記事だと、暴走したロボットが外を徘徊しているそうです。工場経営者を殺害し、逃げ出した。暴力的で、とても危険なのでパトロール隊が捜索している模様です』
「今そんな話するなよ……」
暴走したロボットって、人間がプログラムに仕組まないと、起きないだろう、普通。
『申し訳ありません。とても興味深い記事でしたので』
「どの辺りが?」
『ロボットが回収対象であるという可能性です』
殺人ロボットからどうやって回収しろっていうんだ。
「つーか見つけても、オレ、武器なんか持ってないし」
バイクを走らせ、安全な場所を探す。
ちょっとした坂道を上がっていくと、枯れた大木が目印の、廃墟の集落やもっと遠くを見渡せる場所。
もうこれ以上迷うわけにはいかない、と野宿の場所を決めた。
『ここはとても、安全に思えます。それにしても外は本当に静かです』
「荒廃してるけどな、こんなに荒れてるなんて思わなかった」
空気を入れるだけで出来上がるテントを取り出し、ボックスの中にある小さなエアポンプと接続。スイッチを押せば自動で空気が送り込まれる。
ゆっくり膨らんでいくテント。
次の町でエアポンプも充電しておかないと、手動は面倒だしなぁ。
『ニュータウン、シルバーシティ、レイクタウン、ハイシティ、いろんな町や都市があります。どこも賑やかで、いろんな人が暮らしているようですね。災害の影響で大きな人口減少とライフラインが破壊された。急速な技術進化による汚染と廃棄物によって海は黒く、野菜も育たないほど枯れた土地となったようです』
「引用どうも。はぁ……安住の地なんか、なさそうだけどな」
今さら外を知ったところで、どうすることもできない。
膨らんだテントは2人用、荷物を置けば1人でも狭くなる。
ペグでテントを固定。ホルダーからスマホを外し、ポケットへ。
テントができるまでに、夕ご飯の準備もしよう。
『キャンプ、とても新鮮です』
ポケットの中で言ってるけど、目の前真っ暗だろうに。
「あっそ、あの自販機から回収したけど、変化は?」
『少し、メイと過ごせて楽しかった、嬉しかった、そんな感情が入り込んできました。なんだか、私まで楽しい気持ちになります』
「機械に感情なんか分かるかよ――」
『機械じゃないですよ、私は、しーちゃんです』
そりゃもう何十回も聞いた。分かってる、お前の名前は、だけどオレから見たら機械なんだよ。
得体の知れない存在、AIじゃないなら、ただの機械だ。
「そういやドクターFと、知り合いなのか?」
『私は、知っています。何故かは分かりませんが、知っているんです。ネットの記事で調べたわけじゃありません。ですが、必ずノアさんに安住の地を用意してくださいます』
無感情から少し柔らかくなった口調になったせいか、どうにも胡散臭く思える。
「あっそ……」
ガスの入ったミニ缶をバーナーに接続させて、五徳に小さい片手鍋を置く。
自炊なんかしたことがない、インスタント麺。飲料用の水を鍋に注ぎ、湯を沸かす。
沸くのを待っていると、
「おーい、そこの少年」
「うぁっぁあ!」
背後からの大声に、俺は思わず全身を震わして、大木に背中をこれでもかとくっつける。
「おぉっとすまんすまん、驚かせてしまったな」
座り込むオレと目線を合わせるのにしゃがんだ男。
「だ、だ、だだだだれ!?」
「パトロール隊だ。私は副リーダーのドウザン、君はなんでまたこんなところで野宿を? 古いキャンプ動画でも観たのか?」
マジで焦った……心臓が痛いぐらい速く動く。
「いえ、ちょっと、シルバーシティに行く途中、です」
「シルバーシティにか、ふむ、なら変なロボットを見なかったか?」
「えっと、記事にあった、工場から逃げ出したロボットのこと、ですかね」
「その通り、かなり攻撃的で物を掴んで投げてくるらしい。ここ周辺を通った数少ない人も被害を受けている」
めっちゃ近いじゃん……こんなところで野宿なんかしたら危ない。
「見た目はこれ」
タブレット端末を画面には、骨組みの関節部位に装甲がついた二足歩行ロボットが写ってる。
指は2本で物を掴んで運ぶには十分なもの。頭部にライトをつけて、周囲を明るく照らす。
「工場用人型ロボット、これ見かけたらすぐにパトロール隊に連絡をくれ」
連絡先をスマホに入れてもらい、ドウザンさんは敬礼をして立ち去っていく。
『思っていたより近いようですね。回収のチャンスです』
「はぁぁあ――」
気付けば湯がぼこぼこと沸騰していた――。