王の間。
大理石の床が冷たく感じる。
「あ......」
思わずシェランは声を出す。暗い部屋の一角に国王――ファルシードは座っていた。なにやら難しそうな顔をして書類を読みながら。こちらには気づいていないらしい。
ととと......と側に駆け寄るシェラン。そして一礼する。
さすがにファルシードも気づく。書類をおろし、シェランの方をじっと見つめる。
「なにか?」
事務的な口調、にシェランは感じた。意を決して話し始める。
「お願いがあります」
「......?」
ファルシードはシェランの言葉に無言で答える。
「大鳳皇国から来た人がいます。その人と国王陛下にあって欲しいんです。それは......ええと」
「カルロ=ヴィッサリーオ......ルドヴィカとかいう商人に頼まれた」
えっ、と驚くシェラン。自分が忘れてしまった名前をファルシードはすらすらと読み上げる。
「もしかして、あとをつけてたの?」
おもわずタメ口になるシェラン。少しむっとしながら。
「あたりまえだろう。王妃が一人で町中を歩かれたんでは、問題が......」
「じゃあ、なんで注意しないの?直接!」
「......そうされたいのか?」
それまで怒りモードに達しようとしていたシェランは、ふとファルシードの顔を見る。
なにか自信なさそうなその顔。そして不安げな。
はあ、とため息をシェランはつく。そして一礼。
「ごめんなさい」
謝るシェラン。ファルシードはさらに驚いた顔をする。
「勝手に出歩いて。でも......ここにいても、私何もできないし......」
「いたくないのか?」
ファルシードの言葉に首をふるシェラン。
「こんな立派なところに住んだことないし、なんかおちつかないというか......」
「大鳳皇国の皇女だろう、お前は――こんなところ――」
それを言われてシェランの何かが崩れる。悲しくもないのに頬を冷たいものがつたう。久しぶりだった。人の前で涙を流すのは。
「あ、あれ?」
おもわず不思議がるシェラン。ファルシードも王妃の予期せぬ反応にまた。
「ごめん。別になんか悲しいとかじゃなくて......でもとまらなくて。あのね、わたしそんなにすごい人じゃないんだよ。皇女とか言われるけどほんとに皇帝陛下にあったことなんかないし。上品な趣味も特技もなんにもないし。ファルシードには悪いと思っているけど......王妃なんて......」
「そんなこと言っていない!」
ファルシードの大きな声。
「ふさわしくないなんて言っていない!むしろわたしが頼りないからなのだろう、なかなか心を開いてくれないのは!」
キョトンとするシェラン。全く思ってもいないことを指摘され、戸惑う。
(......意外に自信がないのかな。こいつ。わたしもそうだけど)
ごしごしと涙を手で拭う。そして、また一礼。
「お互い自信、ないんだね。でももう行くところないんだ、わたし。いろいろ思うところはあるのかもしれないけど、よろしくおねがいします」
ちょこんともう一度頭を下げるシェラン。ファルシードは立ち上がり、背を向ける。
「頼りないなんて言っていない。あの結婚式――国民が口々に言っていた。あのような華麗な演出は新王妃様ならではと。母様の演出よりは、落ちるだろうが」
(ほめらているような、そうでないような......)
まあ、これ以上つきつめてもしょうがない気がする。呼吸を整えると再び、口を開く。
「わたしのこと、心配してくれてありがとうございます。そうです。その.....カロル.....ファルファルファ.....」
「カルロ=ヴィッサリーオだな」
「そうそう、そのカロル!あっていただけませんか?国王陛下のお力を借りたいのです」
「......それが王妃の願いなら」
やった!とシェランは心のなかでジャンプする。
なんだかよくわからない展開ではあったが、これでルドヴィカにすこしでも恩返しができると思えば。
そんな喜ぶシェランを見つめるファルシード。その表情はなぜかいやに考え事をしているように見えた。
カルロ=ヴィッサリーオ。大鳳皇国の皇帝から使節を命じられたというオウリパの男――何かがファルシードの頭の中で繋がっていく――