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日記5

 ……さてと。

 ちょっとは心の整理もできてきたんで、久方ぶりに書いてみるか。あいつらのいないうちにな。


 結果からばらすと、おれが聖奈2号とキスしたあと、世界は元に戻った。それはもう、完膚なきまでに元通り。

 というか、2012年12月23日の〝大異変〟自体なかったことになってんの。気がついたら、変化前の2012年12月23日の朝になってたんだよ。

 あの朝みたいに自分のマンションで目覚めたわけだが、もちろん小さいおっさんなんていなかった。まあ普通に目覚まし止めて二度寝して、〝クリスマスなんざクソ喰らえパーティー〟には遅刻したがな。


 とにかく誰も異常な去年のあの日は記憶してないし、夢だったらよかったよ。でもな、聖奈は憶えてたんだなこれが。

 あのあとすぐ、メールやら電話やらで確認した。大異変の記憶があるのは三人だけらしい。

 そうそうあいつ、やっぱりなんにも憶えてないギュスターヴ・ドゥミ博士に今度はちゃんと告白したそうだ。――親子だってね。

 で、てっきりあいつには哀しい生い立ちがあるのかと思ったおれがバカでした。まあある意味悲しいが。


 なんとね、若い頃のおばさん――聖奈のお母さんは、それはそれはビッチ――いやお盛んで、当時日本に講演しに来てたギュスターヴ・ドゥミ博士をバーで見掛けるや有名人だからって理由で酔った勢いで逆ナンして、一夜を共にしちゃったんだと。

 で、翌朝目覚めて逆ナンのことなんか忘れててドゥミに仰天。彼が起きる前に慌ててホテルを飛び出しちゃったそうだが、それで奇跡的に聖奈ができちゃってたらしい。

 今はあいつを父親なしにしたのを反省したとかで、淑やかなおばさんになってるけど。


 まあ幸いというべきか不幸というべきか、いつしかギュスターヴもおばさんも互いを本当に想うようになってたらしくて、この機会に所長の立場とかを部下たちに譲って父親の方がこっちに来ちゃったわけだ。もちろんあのロリ――聖奈も一緒に。

 んで、再会したおばさんもギュスターヴとまた仲良くなって、晴れて三人は家族になったとさ。真の意味でのね。

 それだけなら歓迎してやったよ。ホント。


 ところがね、あるときうちのドアが激しくノックされたんですわ。借金の取り立てみたいに。いや借金ないけど。

 おまけにkonozamaで新作ゲームとか注文しちゃってたんで、寝巻き代わりのジャージ姿でドアスコープも確認せずにいそいそと鍵開けちゃったんだなこれが。

 そしたら――


「こんにちは、相変わらず汚いし狭い部屋ね」

「おじゃまします。これが汚く狭い部屋と学習しました」

「ちょっ、聖奈! ヘレナ? なんだおまえら!?」


 というわけよ。

 よりにもよって、二人ともあの12月23日の格好をちょっとアレンジした程度の姿で来訪したもんで、おれは地獄に引きずり戻された気分だったね。マジで。


 つーかヘレナを説明してなかったな。


 修正パッチは〝大異変〟をなかったことにするだけじゃなく、研究所にあったあのクソでかいグローバルブレインの機能を脳内のG1800Mでコンパクトに収納できる領域も作れたらしい。

 だから、もうあれがなくてもどこででも人間みたいに生活できるんだそうだ。

 けどそいつの構造が全くの未知で、あのときの記憶のないギュスターヴも大異変の経緯を聖奈とヘレナから聴いてその出来事が事実だった可能性が高いって判断できたんだと。かくして、世間にとてつもない混乱をもたらしかねないヘレナの完成は極秘扱いになったらしい。


「一度しか言うつもりないからよく聞きなさいよ」


 ともかく、ずかずかと入ってきた聖奈とヘレナ。

 エロサイト表示したパソコンが載ってる机なんてぜんぜん意に介さないで、そこの前の椅子にどっかと掛けた聖奈は腕組んで継続したさ。


「ヘレナは今、脳内のグローバルブレインに常時接続しながら、手っ取り早く現在明らかになってる科学法則に当てはめて仮想と現実を区別してるの。でも、科学では計測できない現実もある。

 それを深く理解しようとすると混乱して、局所的に彼女本体の認識している範囲――見たり聞いたりできる範囲ね。が、あの2012年12月23日と同様の状態になっちゃうのよ」


 聖奈の目前で呆然と立ち尽くすしかないおれ。ヘレナは机に座って、パソコン内のツインテールロリ系女優の絡みを興味深げに凝視してたね。


「ヘレナが気絶したり眠ったりすれば〝異変〟も治まるけど、そんなこと毎回させるわけにはいかないでしょ」


 うん、このときこんな記憶ないよ。ヘレナが逐一記録してたデータもとに書いてんの。悔しいから。自己満足のストレス発散のために。


「そこで」片手の人差し指を顔の横で立てて、あいつは得意げに続けたよ。「そのたびに、どういうわけかまだあなたの体内に残ってる修正プログラムを注入すれば、ヘレナも世界も元に戻れるわけ」


 この部分は聞き捨てならなかったんで、はっきり耳に入ったね。


「――つまり、ヘレナが暴走するたびにまたキスしろってのか!?」

「違う!」


 とっさに絶叫したら、聖奈は真っ赤になって立ち上がって、身長差をジャンプしてまで補ってビンタくらわしてきましたよ。はい。

 よろめいて部屋の隅のタンスに頭ぶつけて倒れたね。おれは。


「唾でもつけとけってことよ。……変な意味じゃないわよ!」

 仁王立ちで見下ろしつつも、照れたように命令する聖奈。

「他にもそれを理由におかしなことしかねないし、ヘレナのことを一番知ってるのはあたしだから、見張り役として同棲することにしたわ。

 つまり、ヘレナとあたしとあなたの三人暮らしよ。感謝しなさいよね!」


「はいっ!? てかなにに感謝なんだよーッ!」


 ……とまあ、こんな次第である。

 にしてもまだ12の娘に同棲許すって、やっぱりあの子にしてあの親ありだな。

 というかね、あれが告白した男に対する態度だろうか。そのこと訊くと、しらばっくれた上にいつも以上に怒られるんで、とても口にできたもんじゃないんだけどね。


 ――って愚痴ってたら、出かけ先でヘレナが超常現象起こしちゃったってよ!

 聖奈からメール入ったんで行ってくるわ。ちくしょう!

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