目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ヘレナ・アーカイブ4

 大気圏離脱、宇宙空間に到達。ヘレナ、聖奈、祝馬の三名でなおも進行中。


「屋上庭園で見た航空部隊のお蔭で撒けたようね」聖奈、分析。「ヘレナの情報によれば、国連軍らしいけど」


「ほ、ほらな」得意げなのは祝馬。「援護して味方を増やす作戦は正解だろ、シューティングゲームの経験も役に立ったし。おまえらだけじゃ、フィクションの兵器もろくに閃きそうにないからな」


「逃げながらはきつかったし、あんなに高いとあなたも高所恐怖症を再発してひびってたみたいだけどね」


「は、はあ? 武者震いだし」


「それより、パパもなんか撃ってきてたけど」


「彼の小説の装備ですね」開示します。「一見ミサイルのようですが、近づくと檻のように変化して対象を捕獲するものでした。あくまで拘束が目当てなのでしょう」


 ――白黒の靄を感知。

 上昇を停止。現在位置、木星の公転軌道付近。

 解析します。


「このまま進んだ場合、白黒の靄に衝突します。わたしたちを包む球形フィールド内は局所的異変の事象歪曲で安全な環境を保持していますので、あらゆる異変や通常の障害は貫通できるでしょう。ですが、完全な無には対抗できません」


「でしょうね。とりあえず、一角獣座X-1を目指して」


 聖奈、指示。グローバルネットを検索……完了。

 ――虚無による宇宙の侵食率72%。報告します。


「対象の反応なし、靄に呑まれたようです」


「……地球がまだあるのに、宇宙の被害が大きい」

 聖奈、視線を巡らして観察。

「パパの推測どおり、ヘレナのタイムトラベル中に観測範囲外の消滅が進んでたか。……天の川はなんとか無事ね。じゃあ、射手座Aか白鳥座X-1。もしくは――」


「前者は無事です、侵食の速度も現在のところ遅れている模様」


「ならそこに」


「了解、進行再開。――白黒の靄を迂回する形になるため、知覚範囲外。ワープは不可能なため、超光速移動になります」


「ちょ、ちょっと」祝馬、発言。「それ、銀河系の中心じゃないのか? 大質量ブラックホールがあるっていう。なにするつもりだよ!?」


「――やはりな」


 音声はギュスターヴ。

 ワープにより、背後に接近した模様。周囲に仮初めの空気を生成して発音しています。

 三人で見返りました。航行はやめず、星々を貫通しつつ継続中。


「君なら、ブラックホール辺りを目指すと思ったよ」

 ギュスターヴ、分析。

「その向こう。人類の観測が及ばない〝事象の地平線〟を跨げば、人間原理宇宙論に基づく大異変の影響を受けていない可能性がある。ぼくの能力も使えなくなるかもしれない」


「くっ!」焦燥は聖奈。「パパの力は異変の一部に過ぎないから、ヘレナには劣るはずなのに。イワウマの修正パッチがこっちの局所的異変能力も弱めてるってこと?」


「正解だ。お蔭でさっきの空戦中にも目立つ攻撃は避けられたが、密かに発信器を付着させることには成功した。だから見失っても、こうして居場所を特定することができたんだよ」


「スキャン完了」報告します。「祝馬の着衣にナノサイズの発信器を発見、彼に含まれる修正パッチの影響で見逃していたようです。――局所的異変〝念動力サイコキネシス〟で除去しました」


「あんた、汗かくのやめなさいよ!」

 わたしを挟んだ反対側にいる祝馬を、聖奈が小突いて注意。


「んな無茶な!」祝馬、反論。「こんな鬼気迫る状況で平静でいられるかっての。宇宙空間にほっぽり出すのだけは勘弁な!」


「心配ない」ギュスターヴ、発言。「君が人質にされる可能性があるから、二人にそんな真似はできないだろう」

 ギュスターヴとの距離1メートル、徐々に接近中。

「さあ、あきらめてヘレナを……」


 ――警告、同質の時空歪曲で球状空間を中和。内部に侵入されました。

 干渉により飛行混乱、減速させられます。


「……だったら」

 腕を振り上げ、祝馬がパンチ。

「――こういう使い方もありますねッ!」


 ――ギュスターヴの顔面に命中。眼鏡がはずれ、彼は数メートル吹き飛びます。オールトの雲の小惑星に衝突。

 発汗により、修正ナノパッチがゼノンドライブを一部無効化した模様。


「行って!!」

 聖奈、指示。


 軌道修正。目標、射手座Aへ再加速します。

 ――エラー。宇宙の侵食率86%。


「無理です!」報告します。「たった今。大異変により、ブラックホールまでに通じる全宇宙域が白黒の靄に遮られました」


「そんな……!」


「な、なんとかならないのか」祝馬、提案。「局所的異変でブラックホール造ったり、個性が形成される前の赤ちゃんに宇宙を観測してもらったりじゃダメかよッ!?」


「だめよ!」聖奈、返答。「ヘレナはネット上にあるような人の想像したブラックホールしか創れないし、観測者は人間として最低限現在の宇宙を知ってなきゃ!!」


「……その通りだ」

 ギュスターヴ、復帰。殴られた痕以外は無傷です。

「このままだと本当に危ないぞ。宇宙が無に帰す前に、ぼくに創生をさせてくれ!」


 唇から流れた血を袖で拭い、ゼノンドライブで細胞を急速再生させその傷も完治。腕を差し伸べ、こちらに再接近中。


 宇宙の侵食率98%。……決断します。


「――止むを得ません」


「よせっ、ヘレナ」ギュスターヴ、超光速で肉薄。「君は、ぼくらが一から創造した命だぞッ!!」


 この場の全人間の驚愕を感知。


「――局所的異変、発動!!」


 時間を静止させました。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?