「夏は勉強も大切だけど、遊びにも行くことに反対はしないよ」
「……まあ、そんな遊ぶ予定ないけど」
「そうなの?」
「部活やってるわけじゃないし、バイトもしてないから、そんなに遊ぶ金もないし」
「うーん、もったいないな」
「あー、でも、丁度でる新作ゲームをやりこみたいかな」
「確かにそれは、まとまった時間がありがたいな」
淳之輔先生は、意外にも納得して頷いた。もしかして、先生もゲームするのかな。RPGとかシュミレーションかな。どんなタイトルをやるのか気になり、手が止まっていると「ほら申し込んじゃいな」と急かされた。
そうして、模試と英検の申し込みが完了した。
コンビニに払う受験代を、母さんに頼まないとなとか考えていると、淳之輔先生が「なあ、瑠星」と俺を呼んだ。
「手帳は持ってないの?」
「……手帳?」
「スケジュール管理どうしてんのかなって。部屋にもカレンダーないし」
「あー、えっと、前にアプリ入れたことあるけど、続かなかったんですよね」
「アプリか。まあ、アプリでも良いんだけどさ」
そういいながら、淳之輔先生は鞄から手帳を引っ張り出した。
机の上に置かれた手帳のカバーは革製のように見えた。落ち着いた青色で、ベルト部分の飾りボタンがアンティークっぽくてカッコいい。開いて見せてくれた7月の予定表は、少し癖のある先生の文字が書き込まれていた。よく見ると火曜と金曜には、俺の名前が書きこまれている。他にはサークルやバイト、〆切って文字や時間が書き込まれていることが多い。大学生の忙しさが分かる一面だ。
「一ヵ月の予定がパッと見て分かるし、手を動かすことで予定を頭に定着させることもできる」
「アプリで続かなかったのに、続くかな?」
「それって無料だろ?」
「勿論、無料だけど……?」
「金を払って買った手帳は、使わなかったらもったいないだろう。あとは、自分に合った使い方をして毎日開くようにすれば、瑠星の性格なら続くと思うよ」
「自分に合った使い方って?」
「例えば、週間を日記に使う人もいるし、推し活の予定をびっちり書いてるヤツもいる」
そういいながら、淳之輔先生は週間予定を開いた。
見て良いのだろうか躊躇したけど、先生の指差した昨日の欄に、自然と視線が向いてしまった。そこには「瑠星の家で夕飯。テスト結果を褒める。」と書かれていた。その数日前には「瑠星から数学のテスト結果が届いた。平均点超え出来ていて良かった!」と書かれている。
俺のことが書かれているとは思ってもいなくて、驚きと恥ずかしさに顔が熱くなる。淳之輔先生って、俺が想像しているよりも真面目なのかもしれない。だから、こんなに親身になって考えてくれてるのかも。
これは俺も、もっと勉強を頑張るしかなさそうだ。
「俺はその日にあったこととか、明日は何をするとか、日記と予定表の中間みたいな使い方だけどな」
「……手帳って、文具屋に売ってるもんですよね?」
「そうだな。本屋にも並んでるよ」
「でも、夏に買うって変じゃないですか?」
「そんなことはない。4月はじまりのものだってあるから、今なら三分の二は使えるよ。今の瑠星なら、一日の勉強時間とか、やった科目を記録していくのもいいかもな」
なるほど、それはいいかもしれない。なんかこう勉強やってる感も出そうだし、ちょっとしたモチベーション維持にもなるかもしれない。それに、バイトを始めたらそれも書き込んだりするのもいいな。何よりも、手帳を持ち歩いてるって大人っぽいし、ちょっとカッコいいかも。
淳之輔先生の手帳に視線を向けて「やってみようかな」と呟くと、先生の顔がぱっと輝いた。
「それじゃ明日、買いに行こうか!」
「え?」
「頑張っている瑠星に、俺からのご褒美だ」
「へっ、ご……ご褒美って!?」
「何か贈りたいって思ってたんだよ。そうだ、ついでに夏休み中にやる問題集も見に行こうな」
「え、で、でも……」
「ん? 何か予定入ってた? それなら、来週の土曜にするのはどうだ?」
ペンを取り出して予定を書き込もうとしていた淳之輔先生は、不思議そうな顔をしている。
別に予定なんてない。でも、待ってくれ。こんな綺麗な先生と二人で買い物に行くなんて、俺はさらし者になるだけじゃないか。ジーパンとTシャツみたいな服装で一緒に歩いて良いのだろうか。いや、むしろその方が弟感も出て、不自然じゃないのかもしれない。
いやいや、それでも、やっぱり勇気がいる。出来れば断りたい。
「……予定は特にないけど」
「けど?」
「先生に買ってもらうのは、申し訳ないというか……」
「急成長した瑠星へのご褒美だって。手帳はそんな高いもんじゃないし。それに、プレゼントされた方が頑張って使うだろ?」
それはそう。もらったものを無駄には出来ないだろうから、きっと毎日何かしら書き込む努力をすると思う。淳之輔先生、俺のことよく分かっているな。と、感心している場合ではない。
明日か……今さら服のことをとやかく考えても仕方ない。そもそも、出かけるために服を買うとか、デートな訳でもないし、変に気合入れるのも違うよな。俺が、準之助先生の横を歩く覚悟をすればいいだけの話だ。──ほんの数秒ぐるぐると考えた末、腹をくくることにした。
「じゃあ、明日で」
「10時に、みはまで良いかな?」
「……大丈夫です」
嬉しそうな顔をした淳之輔先生は、手帳に「みはまランドマーク」と書き込んだ。