淳之輔先生が帰った後、俺はすぐに美羽に「助けてくれ」とメッセージを飛ばした。すると、すぐに通話が繋げられた。
「どうしたの、星ちゃん?」
「明日、家庭教師と買い物に行くことになった」
「意味が分からないんだけど」
「先生がイケメンすぎて、横を歩くのが怖い」
「そんなに? でも、星ちゃんも可愛いから大丈夫でしょ」
「可愛いっていわれて喜ぶ男はいないっていうか、そういうレベルじゃない!」
「ふーん。テキトーに理由つけて断れば? 熱が出ましたーとか」
気楽な返答に、俺は深々とため息をつく。
そんな言い訳はとっくに考えた。だけど、淳之輔先生の善意や嬉しそうな顔を思い出すと騙すのが心苦しくなる。それに、俺は美羽と違って嘘が顔に出るタイプなんだよ。もしも嘘がばれたら、先生との関係だって悪くなるに決まってる。それは回避したい。
「その場しのぎじゃ、次の土曜にって話になるだろう? 断り切れねぇよ」
「星ちゃんって押しに弱いよね。じゃ、頑張って~」
「だから、せめて変な服装じゃないか見てほしいんだよ」
持ってる服なんて高が知れてるけど。その中でもマシな組み合わせを考えなきゃいけない。
さすがに、高校生にもなって母さんに頼むっていうのは恥ずかしいし、待ち合わせが明日ってことは、谷川や東に相談する訳にもいかない。そもそも、あいつらに相談なんてしたら笑いのネタにされるだろうから、選択肢は美羽になる訳だ。
スマホの向こうから「今からそっち行く!」とウキウキとした声が聞こえてきた。
ものの五分で、バタバタと階段を駆け上がる音がした。さすが、同じ分譲住宅地内に住んでいるだけあるな。母さんも不思議に思わず、家に上げたようだ。
「お待たせ、星ちゃん! さあ、洋服をあたしに見せなさい!!」
大きな肩掛け鞄をドサッと床に置いた美羽は、キラキラした目でクローゼットを開けた。見せないさいっていいながら、勝手に見てるじゃんか。
数少ない俺の服たちが、ベッドの上に広げられていく。
ジーパンにチノパン、シャツの類は地味な単色ばかりだ。男子高校生の服なんて、こんなもんだよな。そもそも、日頃は制服で過ごしているから、私服なんて数着あれば事足りるし。
「地味!」
「……開口一発、それかよ」
「ねえ、家庭教師ってどんな服着るの? 写真とかないの?」
「どんなのって……あー、写真ならあるけど」
ベッドの上で服を組み合わせていた美羽は、ほら出しなさいと言わんばかりに手を伸ばしてくる。
渋々、先日二人で撮った写真のデータを引っ張り出し、スマホを渡すと「なにこれっ!?」と悲鳴が上がった。
「なにって、だから家庭教師」
「イケメンの域超えてない? っていうか、このシャツって……やだ、もしかしてブラジェの新作じゃない!?」
「ぶら?」
「ブランド名よ。BLACK×ANGEL、略してブラジェ。絶対そうよ! ほら、このアシンメトリー部分の天使の羽根! それに、襟元の十字架のピン!! 星ちゃんの家庭教師ってサブカル好きなのね。化粧もナチュラルに見せてるけど、これって日頃のお手入れ欠かしてない肌だよ。すごく綺麗。ねえ、紹介して。お友達になりたい!!」
止まることを知らない美羽のマシンガントークは理解に苦しむ。とりあえず、淳之輔先生のファッションや化粧が美羽の好みど真ん中だったのだけは伝わってきた。
「紹介ってな……」
「でも、確かにこんな綺麗な人の横歩くのは、勇気がいるわね。っていうか、星ちゃんの服じゃダメダメよ」
「……だよなぁ」
深々とため息をついていると、部屋のドアがノックされ、母さんが入ってきた。
「お茶持ってきたわよ。あら、洋服引っ張り出してどうしたの?」
「星ちゃんが明日デートだっていうから、コーデしに来ました!」
「はぁ!? 美羽、おまっ、何いってんだよ!?」
「洋服に悩むって、充分デートじゃん」
「え、デート!? やだ、母さん何も聞いてないわよ! どこのお嬢さんなの?」
机にトレイを置いた母さんの目が輝きを増し、興味津々に俺を見る。クラスメイトか後輩か先輩かと、ぐいぐい質問を始めた。
「ちがっ! 淳之輔先生と、問題集とか買い物に行くだけだって!」
「淳之輔先生? まあ、先生と! 本当に仲がいいのね」
驚いた顔をした母さんは、納得したらしい。美羽によろしくねと言いながら、嬉しそうな顔で部屋を出ていった。
なんだったんだ。どっと疲れを感じて、俺は肩を落とした。
「どうせ、星ちゃんの服はこんなもんだと思ってね」
「こんなもんで悪かったな」
「じゃーん! 持ってきました~」
大きなバッグをひっくり返した美羽は、ドヤ顔で黒のカーゴパンツを引っ張りあげた。どう見ても男物だよな。
「……誰のだよ」
「あたしの」
「お前と身長差10センチはあるだろうが!」
「でもこれ、男物のSサイズだから、星ちゃんにぴったりだと思うよ。あたしだとブカブカだし」
「なんで買った?」
「厚底はいたら、そのブカブカが可愛いんだってば。ほら見て。これならシャツでもパーカでも可愛いでしょ!」
男に可愛いはいらないだろう。突っ込みを入れたくなったが、並べられた服を見たら何もいえなくなった。
「あとね、ちょっと胸元にアクセント入れると良いと思うの。ペンダントも持ってきたんだ」
「それはいらねーだろ」
「えー、可愛いのに」
「お前、俺をどうしたいの?」
「どうって……最高に可愛くしたい」
真剣そのものの美羽は、化粧もしようと言い始める。さすがにそれは全力回避して、カーゴパンツだけを借りることにした。
美羽が帰ってから、しばらくしてベッドに入ったけど、なかなか寝付けなかった。明日のことを考えると、そわそわしてしまう。
淳之輔先生と買い物に行って、何を話したらいいんだろうか。さすがに、手帳と問題集買ったらさようならは、失礼だよな。ご飯食べに行くとか?
そこでも勉強の話をするのがいいのかな。あー、でも、休日まで勉強のこと考えるのも怠いよな。
悶々と考え続けて寝返りを打った。
豆電球の灯りの中、壁にかけてある服が視界に入った。
美羽から借りたカーゴパンツに白いパーカー。シンプルだけど流行りやお洒落ポイントってやつを押さえてる。美羽はそういってたけど、これで本当に淳之輔先生の横を歩いて恥ずかしくないかな。先生は、どんな服で来るんだろう。
どのくらい、明日のことを考えていたのか。次第に瞼が重くなってきた。