パラパラとはいかない家庭の味がするチャーハン。所々ご飯が固まっていたりするのは、母さんと同じだ。完璧じゃない味だからこそほっとする。
思わず頬を緩めて食べていると、嬉しそうに笑う先生が訊いてきた。
「瑠星、チャーハン好きなの?」
「え? まあ……好きか嫌いかと訊かれたら、好きですけど」
「ずいぶん美味そうに食ってくれるから、よっぽど好きなのかと思った」
「母さんの味付けと似てるからかな。慣れてるっていうか、ほっとする味っていうか」
「そりゃ嬉しいな。そういえば、夕飯ご馳走になった時、うちの親と味付け似てる気がしたんだよな」
「そうなんですか? あれは、頑張りすぎだけど」
初めて椅子を並べて食べた食事を思い出し、つい吹き出しそうになった。淳之輔先生も思い出したのか、可笑しそうに笑っている。
「瑠星は好き嫌いないだろ。きっと、作り甲斐があるんだと思うよ」
「好き嫌いか……」
「あるの?」
少し考えて首を傾げる。いわれてみれば、食べたくないほど嫌いなものはないかもしれない。
肉の脂身が苦手とか、背油こってりのラーメンが嫌いとか、そういう類の好き嫌いはある。さしが入った蕩ける牛肉よりも赤みの方が好きだとか、マグロもトロより赤身が良いとか。それと、千切りキャベツはパサついて苦手だけど、キャベツが嫌いな訳じゃない。肉野菜炒めのキャベツは大好きだしな。それでいったら、生卵はそこまで好きじゃないけど、ゆで卵は好きとか。
色々思い浮かべてみるが。素材云々よりも調理次第って気がしてきた。これって、好き嫌いになるのかな。
「そんな真剣に悩まなくていいよ。嫌いなものないのは良いことだし」
「……あ! パプリカは苦手です」
「パプリカ? ピーマンか」
「いや、ピーマンは好きです」
「同じようなもんだろ」
「違いますよ。ピーマンは苦いから良いんです。それを甘くするとか理解できません!」
「変なこだわりだな」
力説すると、淳之輔先生は吹き出しそうになって笑いをこらえた。
先生の顔がいつもの笑顔に戻った気がした。それが嬉しくて、頬が緩んでいく。それを悟られないように、口にチャーハンを運んだ。
口の中で、お米と優しい卵がほろほろと崩れる。店の味に遠く及ばないけど、ほっとする味は、俺の中にあったモヤモヤを忘れさせてくれた。
食べ物の好き嫌い談義が続いた。そうして、ぺろりとチャーハンを平らげた後は、キッチンで肩を並べて食器を片付けた。
俺の横で牛乳ましましカフェオレを作る淳之輔先生が、俺のことを呼んだ。
「なあ、瑠星」
「なんですか?」
「今日着てる服も、美羽ちゃんに選んでもらったやつ?」
そろそろ、美羽の話から解放されたいんだけど。
「そうなりますね。上は持ってたやつだけど」
「なるほどな……家庭教師始めたころの服装と、最近少し雰囲気が違うなとは思ってたんだよね」
「ははっ、家では変わらないですよ」
いわれたことに乾いた笑いが零れた。
先生に会いに来る以外、家にいる時は前と変わらないジーパンにTシャツとかジャージ姿ばかりで、基本的に何かが変わったわけじゃないし。
「飾らない服装も嫌いじゃないよ」
「……そう、ですか?」
「服なんて難しく考えないで、好きに着たらいいんじゃないかな」
「でも、オシャレな先生の横でダサい格好したら悪目立ちする気もします。俺、出来れば目立ちたくないんで」
「よっぽど変な格好じゃなければ、悪目立ちはしないと思うけどな」
「そりゃそうかもしれないけど。色々考えると、自分じゃ決められなくて」
「だから、美羽ちゃんに相談してたのか。なるほどな」
牛乳を冷蔵庫に戻しながら、淳之輔先生は少し考えるそぶりを見せた。
洗い終わった食器を水切り籠に置くのと同時に、先生は「そうだ」と呟いた。綺麗な赤い唇の端が上がる。その表情は、なにか悪戯を思いついた子どものように、期待で満ちていた。
あれ、この顔って最近、どこかで見たような気がするぞ?
「なあ、瑠星」
「……なんですか?」
心なしか、不安な気持ちが浮かぶ。
これは予兆だろうか。なにか面倒なことが起きる気しかしない。
「服のことなら、俺を頼ればいいんだよ」
「……はい?」
「今日みたいなオーバーサイズのシャツもいいけどさ、柄物も意外と似合いそうだよな」
「あ、あの、先生。何の話ですか?」
「ちょっと、俺の服着てみない?」
「は、はいぃっ!?」
満面の笑みで尋ねられ、既視感を感じた。
そうだ、美羽だ。あいつが俺を連れ回して服を探していた時、同じような顔をしていたんだ!