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第54話 どうやら先生は「可愛い」が誉め言葉だと思っているらしい

 なにがどうしてこうなった。


 淳之輔先生の部屋で、先生のオシャレな刺しゅう入りTシャツに手を通した俺は、顔を引きつらせて鏡の前に立っていた。耳まで真っ赤になっていて、人様に見せられたような顔ではない。


「さすがに、俺のサイズだと着せられた感が出るな」

「一ミリも似合ってないと思います」

「そうか? これにクロップド合わせてもいいし、キレイ目のワイドパンツでも良いと思うけど」


 そもそも出てくる単語の意味が分からない。クロップドってなんだろう。ワイドパンツってどんな形だ。

 眉間にしわを寄せていると、次々に、これはどうだと、服が出てきた。

 ああ、やっぱりそうだ。これって美羽が店で次々に服を持ってきた時と同じだ!


「先生とじゃ背丈が違うから、俺じゃ似合わないです!」

「そうか? まあ、確かにデカいものを着るだけでオーバーサイズが着こなせるわけじゃないからな」


 俺の身体に、別のシャツを合わせるようにして服を持っていた淳之輔先生は、また意味の分からないことをいっている。

 オーバーサイズって、デカいものを着るってことじゃないのか。美羽はオーバーサイズが可愛いんだといって、自分のサイズより大きな男物を着ていたような気がするんだけど。そういうことじゃないのか?


 俺はよっぽど顔をしかめていたのだろう。

 淳之輔先生は手に持っていた服を下ろすと、「オーバーサイズってのはさ」と説明を始めた。


「デザインがオーバーサイズで作られたものを着る方が、しっくりくるよ」

「……デザインが?」

「もちろん、自分のサイズより大きいものを着るのも、着方次第なんだけどさ」

「そうなんですね……ん? てことは、やっぱり先生の服をここで着る意味ってないんじゃないですか!?」

「それは、ものは試しってやつな。どんな色が似あうかとか、見たいじゃん」


 意味が分からないぞ。

 色も何も、先生、モノトーンが多い気がする。今着ているTシャツだって黒を基調としてるじゃないか。


「大人っぽいデザインが顔に合うかも見たかったんだよね。美羽ちゃんの選んだ服にはそういうのなさそうだったし」

「はあ……」

「うーん、どんなの着ても、瑠星は可愛いってことがわかったかな」

「可愛いって、なんですかそれ!?」

「そのまんまだけど。にしても、美羽ちゃんはさすがだな。瑠星をよくわかってる」


 少し目を細めた淳之輔先生は、小さくため息をついた。そうして、悔しいなと呟く。


 なにがそんなに悔しいのか。そもそも、どうして美羽が出てくるのか意味がわからない。


「美羽がそんな凄いとは思わないけど」

「瑠星の可愛さを引き出してるよ。だから、それとは違う魅力を引き出せたらと思ったんだけど──」

「また可愛いって! 先生、可愛いが褒め言葉だと思ってるんですか?」


 思わず声を上げると、淳之輔先生は目をぱちくりと瞬いた。


「あれ、違った?」

「違いますよ」

「じゃあ、瑠星はどうなりたいんだ?」

「どうって……そりゃあ、カッコよくなりたいですよ。先生みたいに」

「カッコいいね」


 首を傾げた先生は、手に持っていたシャツをベッドに投げ、スマホを取り出しながらそこに腰を下ろした。

 ちょいちょいと手招かれて横に腰を下ろすと、スマホの画面が向けられた。


「こういうのは?」

「まあ、カッコいいですね」

「反応薄いな……じゃあ、こっち」

「悪くないと思いますが、派手じゃないですか?」

「なるほど。それじゃ、こういうのは?」

「まあ、カッコいいですけど」

「これもダメ!?」


 次々に見せられるショップの衣装とメンズモデルは、どれもカッコいい。だけど、なんかピンとこなかったし、その真似をして着たいとも思わない。

 まあ、俺はオシャレがしたくて服を探している訳でもないし、正直なところファッションに興味がないんだよな。それに──


「先生よりカッコいい人、そういませんね」


 本音が零れ落ちた。

 別に、淳之輔先生になりたいとか、そういう訳でもないけど。見せられたメンズモデルの中で、先生以上に惹かれるものはなかった。

 淳之輔先生の綺麗な目が大きく見開かれた。


「……瑠星、眼科行こうか?」


 いつぞや俺もいった覚えがある台詞が、先生の口からこぼれる。


「俺も、両目1.5ですよ」

「いやいや、どう頑張っても、俺よりイケメンなんて山のようにいるから。それに、プロのモデルだよ?」

「まあ、カッコいいとは思いますよ。でも……」


 ほらと見せられた画面を見ても、やっぱりピンとこない。確かにカッコいいけど。その服を真似したいとは思わないし、憧れも感じない。


 だけど、淳之輔先生の姿は、カメラを向けられてポーズを決めている訳じゃないのに、どんな姿もカッコよく見える。今でも顔を合わせる度に緊張するし、こんなカッコいい大学生になりたいなと思うし。


 そんなこといったら、淳之輔先生を困らせることになるかな。


 びっくり顔の先生をじっと見ると、緊張に鼓動が早くなった気がする。本音をいえば、こうして横に座ってるのだって、未だに緊張しているんだ。


「……淳之輔先生ほど、モデルには憧れを感じないというか、ドキドキしないっていうか」

「ドキドキ……?」

「えっ、あ、まあ……先生、カッコよすぎて、今でも緊張するというか」


 ごにょごにょと口籠ると、淳之輔先生は少しはにかんで「そうなんだ」と呟いた。その表情が少し可愛いと思えた。画面の向こうのメンズモデルにはない、そういう顔も見せてくれる先生だから、憧れているのかもしれない。

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