なにがどうしてこうなった。
淳之輔先生の部屋で、先生のオシャレな刺しゅう入りTシャツに手を通した俺は、顔を引きつらせて鏡の前に立っていた。耳まで真っ赤になっていて、人様に見せられたような顔ではない。
「さすがに、俺のサイズだと着せられた感が出るな」
「一ミリも似合ってないと思います」
「そうか? これにクロップド合わせてもいいし、キレイ目のワイドパンツでも良いと思うけど」
そもそも出てくる単語の意味が分からない。クロップドってなんだろう。ワイドパンツってどんな形だ。
眉間にしわを寄せていると、次々に、これはどうだと、服が出てきた。
ああ、やっぱりそうだ。これって美羽が店で次々に服を持ってきた時と同じだ!
「先生とじゃ背丈が違うから、俺じゃ似合わないです!」
「そうか? まあ、確かにデカいものを着るだけでオーバーサイズが着こなせるわけじゃないからな」
俺の身体に、別のシャツを合わせるようにして服を持っていた淳之輔先生は、また意味の分からないことをいっている。
オーバーサイズって、デカいものを着るってことじゃないのか。美羽はオーバーサイズが可愛いんだといって、自分のサイズより大きな男物を着ていたような気がするんだけど。そういうことじゃないのか?
俺はよっぽど顔をしかめていたのだろう。
淳之輔先生は手に持っていた服を下ろすと、「オーバーサイズってのはさ」と説明を始めた。
「デザインがオーバーサイズで作られたものを着る方が、しっくりくるよ」
「……デザインが?」
「もちろん、自分のサイズより大きいものを着るのも、着方次第なんだけどさ」
「そうなんですね……ん? てことは、やっぱり先生の服をここで着る意味ってないんじゃないですか!?」
「それは、ものは試しってやつな。どんな色が似あうかとか、見たいじゃん」
意味が分からないぞ。
色も何も、先生、モノトーンが多い気がする。今着ているTシャツだって黒を基調としてるじゃないか。
「大人っぽいデザインが顔に合うかも見たかったんだよね。美羽ちゃんの選んだ服にはそういうのなさそうだったし」
「はあ……」
「うーん、どんなの着ても、瑠星は可愛いってことがわかったかな」
「可愛いって、なんですかそれ!?」
「そのまんまだけど。にしても、美羽ちゃんはさすがだな。瑠星をよくわかってる」
少し目を細めた淳之輔先生は、小さくため息をついた。そうして、悔しいなと呟く。
なにがそんなに悔しいのか。そもそも、どうして美羽が出てくるのか意味がわからない。
「美羽がそんな凄いとは思わないけど」
「瑠星の可愛さを引き出してるよ。だから、それとは違う魅力を引き出せたらと思ったんだけど──」
「また可愛いって! 先生、可愛いが褒め言葉だと思ってるんですか?」
思わず声を上げると、淳之輔先生は目をぱちくりと瞬いた。
「あれ、違った?」
「違いますよ」
「じゃあ、瑠星はどうなりたいんだ?」
「どうって……そりゃあ、カッコよくなりたいですよ。先生みたいに」
「カッコいいね」
首を傾げた先生は、手に持っていたシャツをベッドに投げ、スマホを取り出しながらそこに腰を下ろした。
ちょいちょいと手招かれて横に腰を下ろすと、スマホの画面が向けられた。
「こういうのは?」
「まあ、カッコいいですね」
「反応薄いな……じゃあ、こっち」
「悪くないと思いますが、派手じゃないですか?」
「なるほど。それじゃ、こういうのは?」
「まあ、カッコいいですけど」
「これもダメ!?」
次々に見せられるショップの衣装とメンズモデルは、どれもカッコいい。だけど、なんかピンとこなかったし、その真似をして着たいとも思わない。
まあ、俺はオシャレがしたくて服を探している訳でもないし、正直なところファッションに興味がないんだよな。それに──
「先生よりカッコいい人、そういませんね」
本音が零れ落ちた。
別に、淳之輔先生になりたいとか、そういう訳でもないけど。見せられたメンズモデルの中で、先生以上に惹かれるものはなかった。
淳之輔先生の綺麗な目が大きく見開かれた。
「……瑠星、眼科行こうか?」
いつぞや俺もいった覚えがある台詞が、先生の口からこぼれる。
「俺も、両目1.5ですよ」
「いやいや、どう頑張っても、俺よりイケメンなんて山のようにいるから。それに、プロのモデルだよ?」
「まあ、カッコいいとは思いますよ。でも……」
ほらと見せられた画面を見ても、やっぱりピンとこない。確かにカッコいいけど。その服を真似したいとは思わないし、憧れも感じない。
だけど、淳之輔先生の姿は、カメラを向けられてポーズを決めている訳じゃないのに、どんな姿もカッコよく見える。今でも顔を合わせる度に緊張するし、こんなカッコいい大学生になりたいなと思うし。
そんなこといったら、淳之輔先生を困らせることになるかな。
びっくり顔の先生をじっと見ると、緊張に鼓動が早くなった気がする。本音をいえば、こうして横に座ってるのだって、未だに緊張しているんだ。
「……淳之輔先生ほど、モデルには憧れを感じないというか、ドキドキしないっていうか」
「ドキドキ……?」
「えっ、あ、まあ……先生、カッコよすぎて、今でも緊張するというか」
ごにょごにょと口籠ると、淳之輔先生は少しはにかんで「そうなんだ」と呟いた。その表情が少し可愛いと思えた。画面の向こうのメンズモデルにはない、そういう顔も見せてくれる先生だから、憧れているのかもしれない。