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第55話 勘違いするなと自分に言い聞かせるのは、もう疲れた(淳之輔SIDE)

 瑠星は優しい子だ。

 もしかしたら、俺がゲイだってカミングアウトしても軽い感じに、そうなんですねと受け入れてくれるかもしれない。淡い期待を抱きそうになる。その度に、冷静な部分が「無理だ。止めておけ」と警鐘を鳴らした。


 延々と繰り返される自問自答のおかげで、この一週間近く、俺は悶々としている。


 それもこれも、全ては瑠星の「淳之輔先生ほどは憧れを感じないというか、ドキドキしないっていうか」という発言のせいだ。

 俺に憧れを抱いてくれている。それは、まあ、年上への憧れというやつだろう。どうも、瑠星は俺を完璧な男だと勘違いしている節があるからな。


 だけど、ドキドキってなんだ?

 そんなことをいわれたら、勘違いするに決まっているだろう。


 ファミレスのテーブルに額を押し付け、俺は言葉にならない呻きを吐き出した。


「ほーん、こりゃ重症だな」

「まさか淳之輔くんがガチ恋するとはね」

「しかも年下ときたもんだ」

「弟属性なのにね」

「無理してお兄ちゃんでいようとするから、そうなるんだぞ」

「淳之輔くん背伸びしすぎね」

「梨乃ちゃんもそう思う? もう、俺、おかしくってしゃあなくてさ」


 泉原とサークルの先輩──俺に化粧の楽しさを教えた三年の梨乃先輩が、頭上で軽快に話をしている。


 最近、俺の様子がおかしいと梨乃先輩に詰め寄られたのが、一時間前のことだ。

 サークルの活動にはちゃんと出ていた。役割分担も熟していた。だから、梨乃先輩に詰め寄られる理由が皆目見当もつかなかった。そんな、心配されるほど顔に出ていたのだろうか。


 適当に誤魔化して帰ろうとしたら、何があったのか話すまで帰さないといい出されてしまった。粘着女の件もあるから、先輩と二人きりという訳にもいかず、泉原を呼び出して今に至る訳だが。


「でも大丈夫なの? 淳之輔くんのストーカー女、まだ解決してないんでしょ?」

「……まあ、今のところは」


 内心、瑠星は男だから気付かれないだろうと思いつつ、そこは伏せた。

 梨乃先輩にはお世話になってるし、たぶん、俺がゲイだって薄々感づいていそうだけど、まだカミングアウトはしていないんだよな。タイミングがなかったというか、いう必要が今までなかったというか。


「いっそうのこと、告ってスッキリしたら?」

「……それができたら苦労しないです。あの子は来年受験ですよ」

「大変ね、家庭教師の先生って」

「年下に先生なんて呼ばれて、期待の眼差し向けられたら、そりゃよな~」

「翔ちゃん、下ネタ禁止!」

「俺、下ネタいった!?」

「全てが下ネタに聞こえるのよ」

「梨乃ちゃん酷い~」


 泣き真似をする泉原だが、絶対顔は笑っているだろう。能天気な空気が、本当に羨ましい。

 のろのろと顔を上げ、カフェオレのグラスに手を伸ばした。それはすっかり汗をかいていて、テーブルに落ちた結露がついと線を描いた。


「翔ちゃんは、淳之輔くんの片思い相手に会ってるの?」

「たまたま駅であったことが一回だけかな」

「ふーん……まさか、お嬢ちゃんなんて呼んだりしてないわよね?」


 ジト目を向ける梨乃先輩から、泉原の視線がそれた。勘が良い人だ。

 しっかり、瑠星ちゃんって呼んでいたことを思い出し、内心、怒られてしまえと思いながら、俺はカフェオレを口に含んだ。


「どうしてそう、誰とでも距離をつめようとするの、翔ちゃん?」

「いやいや、これは癖で」

「淳之輔くんには、ちゃん付けしないじゃない」

「えー、こいつの名前長いし。短くしたところで、淳ちゃんって顔じゃないかな」

「可愛い子を見ると、すぐ鼻の下伸ばすのを止めなさい。っていってるの!」


 いつの間にか、俺の話じゃなくて痴話喧嘩に発展している二人を前にして、俺はつい苦笑を浮かべた。

 梨乃先輩ってわかりやすいよな。泉原のことが好きでしゃあないんだろう。二人が付き合ってる話は聞いたことがないけど。


「先輩、心配することないですよ。泉原が俺の生徒を好きになることは、100%ないですから」

「何で言い切れるの?」

「そりゃ、泉原の好みから100%外れるからです」

「翔ちゃんの女好きレベル知ってるでしょ!?」

「まあ。けど、100%ないです」

「お、おい、淳之輔」


 俺のいいたいことを、当然だが泉原は察したらしい。ここでカミングアウトして良いのかと問うような、焦りと視線をこちらに向けた。

 カミングアウトすれば、先輩がヤキモチを妬いたり、目の前で痴話喧嘩を繰り広げられずに済むだろうし。


「先輩、今まで黙ってたんですけど、俺、ゲイなんですよね」


 一瞬目を見開いた梨乃先輩は一度口を引き結んだ。その表情は、一転して真剣になる。俺の淡々としたカミングアウトを咀嚼しているようだった。驚きの表情はあるけれど、俺のことを軽蔑するような様子はない。むしろ、腑に落ちたというように「なるほど」と呟いた。

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