真剣さを取り戻した梨乃先輩は、俺を真っ直ぐ見つめた。
「バイセクシャルではないの?」
「恋愛対象が女性だったことは一度もないです。なんなら勃ちません」
「明確な回答、ありがとう。ん? それなら、ストーカー女にもそういえば良いのに」
「……いいました。そしたら、そんな嘘ついて私を傷つけないようにするなんて。と喜ばれました」
「頭おかしいわね、あの女」
「女友達といたら、ゲイだっていったのはやっぱり嘘なのねといいだす始末」
「……やっぱり、ストーカー被害を出した方が良いわよ、淳之輔くん」
「今のところ、外的被害はないんで対応されないでしょうね。なんなら、気にしすぎじゃないか、女遊びはほどほどにしなさいと説教されて終わりですよ」
「世の中間違ってるわ」
淡々と話していると、泉原が「おい!」と口を挟んだ。
「話それてるだろ」
「それたかしら?」
「それてないと思うが」
「いーや、それてる!」
俺と梨乃先輩が顔を見合うと、泉原は深々とため息をついた。こいつは変なところで細かいんだよな。
どうせ、俺が瑠星に告白することはないし、話がそれたままでも良かったんだが。
「こいつがゲイだって知ってるの、大学では俺くらいだからさ」
「人のプライバシーほいほい話すようなことしないわよ。そっか、淳之輔くんが悩んで告白できないのは、そこなのね」
「まあ……あの子はノンケだと思うんで、告白はしませんよ」
「淳之輔くん、世の中にはバイだっているわよ。悲観しないの」
「……世の中、梨乃先輩みたいに軽く受け入れてくれたらいいんですけどね」
「まあ、私はバイだしね」
唐突なカミングアウトに、噴き出したのは泉原だった。
さすがの俺も予想外の回答で、一瞬だけ言葉を失った。だけど、以前から感じていた梨乃先輩が俺の性癖に気付いているのではという予感の根源が分かり、腑に落ちた。
「ねえ、淳之輔くん。その子のことを考えると、楽しい? 嬉しい?」
急な問いだった。だけど、俺の意識はすぐさま笑顔の瑠星へと引っ張っられた。
楽しいに決まってる。瑠星が笑ってたらそれでいいし、思い出しただけで顔が緩む。
勉強に真面目に取り組む姿も、学校のことを話してる時の呆れ顔も、驚いた時や怒った顔も全部が愛おしい。俺のことを先生と呼んで慕ってくれてるんだ。裏切りたくはないし、家庭教師としても誠意を示したい。
しばらく黙っていると、梨乃先輩が俺を呼んだ。
「淳之輔くん、良い顔するわね」
「なんですか、それ?」
「その子が大好きだって、わかる顔よ」
「……顔に出ないよう気を付けます」
「気を付けなくても良いし、なんなら、そのまま片思い貫けば良いんじゃないかな?」
「「はい?」」
突然の言葉に、理解が及ばなかったのは俺だけじゃなかったらしい。黙っていた泉原と声が重なった。
「両想いになりたいって思うから苦しくなるのよ。片思いを楽しめばいいのよ」
「……まあ、一理ありますが」
「相手は未成年なんだし、手は出せないでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
「良いじゃない。ピュアなお付き合い! そうだ、ねえ、ダブルデートしましょうよ」
手を叩いて、名案だといわんばかりの笑顔を見せた梨乃先輩に、俺と泉原は再び「はい!?」と声を揃えた。
「グループデートの方が、誘うの何かと都合良いでしょ?」
「俺らと一緒じゃ、緊張するんじゃないの? 年上に気を遣いそうな子だったけど」
「だったら、なおさら年上と過ごす時間を作った方がいいじゃない」
泉原がそうなのかと、訝しげに首を傾げた。
確かに、瑠星は年上に気を遣うタイプだ。俺に対しても未だに口調が丁寧だし。そろそろ砕けてほしいところではある。それに、せっかくの夏休みだから思い出を作って欲しいって気持ちも変わらない。けど、それが俺たち大学生とで良いのかって疑問は残るよな。
いや、俺としては一緒に思い出が作れたら嬉しいんだけど。瑠星にとっては大切な高校の思い出になるわけで。俺とで良いのか。
「おーい、淳之輔。黙るなよ」
「悩むことないわよ。男は度胸!」
「梨乃ちゃん……時々、体育会系になるよね」
「女も度胸よ!」
泉原と梨乃先輩のやりとりを聞きながら、頭が痛くなってきた。
先輩はきっと、俺を理由にして泉原とデートしたいんだよな。下心が見え見えだ。
気合の入る梨乃先輩を見ていると可笑しくなって、つい噴き出してしまった。
「なによ。笑うことないじゃない」
「いや、先輩だなって思って」
「何よそれ?」
「ありがとうございます。ダブルデートっていうのは……まあ、考えておきます」
「考えないの!」
「じゃあ……お世話になってる先輩が、片思い相手とデートしたがってるけど、恥ずかしがって誘えないから、グループで遊びに行きたいといわれた。そう誘ってみますよ」
「なっ、なっ、なによそれ! べ、別に私は翔ちゃんと」
「そういう設定です」
にこっと笑うと、梨乃先輩は口をわななかせて顔を真っ赤にした。
「梨乃ちゃん、真っ赤だな。設定入るの早くない?」
「う、煩いわよ! 設定を守るためには早くから慣れないとでしょ!」
「ほーん。役に入り切る女優さんなのね」
にやにやと笑う泉原は、真っ赤になった梨乃先輩に頬をぐいぐいと引っ張られた。何でこの二人は付き合っていないのか、不思議でならない。
俺も、瑠星とこれくらいの距離になれたら良いんだが。──ああ、そうか。別に片思いでも良いってのはそういうことか。
梨乃先輩の、片思いを楽しむという言葉をふと思い出し、気持ちがふっと軽くなった。
やいのやいのと騒ぐ二人に、ぼそっと「ありがとうございます」といえば、顔を見合った二人は「なにを改まって」といって満面の笑みになった。
俺は本当に、周囲の人に恵まれているな。