夏休み中、学祭の練習で何度か学校に集まる。今日はステージ組で集まって一連の流れを確認している。
ステージ下で披露するオタゲー軍団は、早々と動きをマスターしていた。なんなんだ、あの熱の入れようは。それに反して俺たち女装アイドル組は、なかなか振り付けを覚えられずにいた。
そんな難しくはないって、いってたの誰だよ。むちゃくちゃ難しいぞ。
「アイドルって凄いな」
ペットボトルを空にした滝が、俺の横に腰を下ろしてぼやいた。全く、同感だ。
「唯一完璧なのは委員長くらいだよな」
「歌詞も躍りも完璧だったな」
「滝も躍り、ほぼ覚えてるだろ」
「……大沢さんに教わった」
「あー、そういうことか」
「俺は高音が出ないだろ。だから、歌うパートも少ないし。その分、ダンスは完璧にしないとって、大沢さんにいわれて」
照れ笑いを浮かべながら、付き合い始めの初々しさを惚気る滝に、そっかと頷きながらペットボトルを口に運ぶ。
仲良くやってるんだな。そりゃ何よりだ。
「それでだな、若槻」
「あ?」
「……相談があるんだが、その」
「なんだよ、急に。気持ち悪ぃぞ」
なかなか切り出さない滝に笑っていると、後ろから頭をガシッと掴まれた。そのまま顔を覗き込んできたのは、谷川だ。
「瑠星、やる気あるのか?」
「それなりには」
「まったく歌詞覚えてねーだろ。センターなんだから、しっかりしてくれよ!」
ぐしゃぐしゃと俺の髪をかき回した谷川は、期待してんだからといって笑う。それに思わず、ぐうと唸ってしまった。
正直、音楽の成績2の俺には過ぎたポジションだし、悪目立ちする未来しか見えないんだよな。
歌詞を覚えていない訳じゃない。だけど、躍りに集中したら声が出てこなくなる。逆に、歌に集中したら手足の動きが悪くなる。そんな感じだ。
自分の不器用さにほとほと困っている。だけど、他人から見たら歌えていないことに代わりはない訳で。
うまいこと言い訳も思い付かない。かといって、もう逃げ出せる感じでもない。
楽しそうな笑い声が上がった。
少し離れたところで、委員長と一緒にダンスの練習をしているのは、井口と成田だ。げらげら笑って、楽しんでいそうだ。
俺も楽しんでない訳じゃないけど、きっと、皆ほど楽しめていない。それどころか、このままじゃマズいって気持ちが大きくなっている。
「どうした、瑠星?」
「なあ……センター、俺じゃなくて委員長にしないか?」
「はぁ!?」
谷川が驚いた声を上げたことで、こっちに気付いた委員長たちも集まって来た。何があったかと口々に聞いてくる。
「瑠星がセンターを委員長にした方が良いっていい出してさ」
「だって、委員長は歌もダンスも完璧だろ?」
「当然だ。推しの歌だぞ!」
いつもの近寄りがたい秀才の印象はどこへやら。委員長は拳を握りしめて語気を強めた。
全員の視線が俺に注がれた。
どういうことかと説明を求められているのは明らかだ。そりゃそうだよな。今更かよって思うよな。だから、悶々と考えていたんだけど。
今更いって、空気をぶち壊したりするのも嫌なんだけど、こうなったら開き直るしかなさそうだ。
「俺、歌下手だし、歌いながら踊るってハードル高すぎるよ。……音楽の成績2だかんな!」
俺の叫びに、谷川が顔を引きつらせて「ま?」と零した。マジでとすら訊けないほど驚いている。委員長もドン引きした顔しているし、滝は哀れむような顔だ。
出席していれば評定3は取れるといわれていた音楽。担当教員に反抗した覚えもないというのに、俺は見事に2だった。音痴が理由でなければ、何が理由だというのか、教えてほしいくらいだ。
井口と成田が顔を見合った。そして二人声を合わせて「いいんじゃね?」という。
「委員長センターにして、その横が俺と若槻、その後ろに滝と成田にすれば、身長的にも良い感じの扇型になるだろ?」
「振り付け多少変わるけど、まだ覚え直す時間はあるし、いけるっしょ」
「そうすると、衣装も多少変更してもらった方が良いな」
「若槻よりも委員長の衣装を派手にしてもらおうぜ」
「井口、成田ぁ……」
とんとんと変更案を打ち出す二人に、俺は泣きそうになった。たぶん、その泣きそうなのが伝わったのか、成田がげらげら笑って背中を叩いてきた。
「おいおい、泣くなよ。できねーもんはできねーんだから、悩むな!」
「俺ら、谷川と東の趣味全開に巻き込まれ組だろ。少しくらいワガママいえって」
「待て待て! 女装アイドルはクラスの満場一致だろう!? 俺たちの趣味って訳じゃ」
「おいおい、忘れんなよ。ステージ組の立候補は、委員長と滝だろ。俺と井口は焼き肉食べ放題おごりに釣られただけだ!」
「若槻なんて、最後まで逃げてたしな」
「それをセンターは酷だなって思ってたんだよ」
「だ、だけど、委員長は急にセンターなんて!」
「かまわないぞ。俺の最推しはセンターあめにゃんだからな!!」
予想外なところから、俺の援護射撃が次々に繰り広げられた。谷川はぐうの音もいえないといった様子で渋い顔になり、しばらく頭を抱えた。
「ぐぬぬっ……わかった。じゃあ、大沢さんに連絡しておくよ。東にも、俺が伝える」
「大沢さんには、俺から伝える。今日、会う約束してるから」
肩を落として気落ちしていた谷川は、滝の言葉に勢いよく顔をあげ、言葉にならない悲鳴をあげた。
「お、お、大沢さんと会うって!? どういうことだよっ!」
「ああ、いってなかったな。付き合うことになった」
突然のカミングアウト。マジかと俺が思ったのと、谷川が再び悲鳴をあげるのは、ほぼ同時だった。