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第86話 キスどころか恋人いない歴イコール年齢で悪かったな!

 駅の構内にあるカフェに入り、カフェオレを飲みながらぐったりする俺に、美羽は「落ち着いた?」と首を傾げた。

 まだ気分はざわついている。だけど、とりあえず話せるようにはなった。気がする。


「……多少は」

「よかった。泣き出しそうな顔だったから心配しちゃった」

「そんなことで、泣くかよ……」

「まあ、他人のを見たらビックリはするよな」


 けろっとしている滝がいっても、説得力に欠けるとしか思えない。だって、ちょっと前は、俺に美羽のことをおろおろ相談していたっていうのにさ。

 ああ、こいつらもキスくらいしてるんだろうな。どうせ俺はキスどころか恋人いない歴イコール年齢だよ。悪かったな!


 かなり捻くれながら、ストローでカップの氷をかき回していると、美羽が「でもさ」と呟いた。


「人のキス見てドキドキしちゃうって、恋してる証拠だよね」

「──なっ!?」

「あたしも、そうだし」


 少し照れたように笑う美羽はアイスティーを一口飲む。


「ドラマとかマンが見てもドキドキするよ」

「……そういうもんか?」

「そりゃそうだよ。いつかロマンチックなとこでキスしたいって思うし。だけど、学校はないかな」


 美羽の話に「学校はないのか」と滝が呟いた。

 ん? てことは、こいつらは学校でキスをしたことないってことだよな。


「学校はないね。だって、毎日勉強するとこだよ。そこでなんて……思い出して恥ずかしくなっちゃうでしょ? だから、場所も考えないで盛ってるの見たら、ちょっと引いちゃうね~」

「……覚えておく」


 低くいう滝の顔が少しだけ引きつっていた。もしかして、いつか学校でしようとしてたのか? もしかしてこれは……


「……あのさ、お前ら、キスまだなの?」


 何気なく訊くと、美羽が目を見開いた。滝も返事がない。

 おいおい。さっきまで、付き合ってたらキスくらい当然みたいな空気感だったくせに、なんだよ。まだなんじゃないか!


「星ちゃん、デリカシーない発言、禁止!」

「お前がいうか、お前が!」

「二人とも、声が大きい」


 間に入る滝は顔を引きつらせたままだった。それに免じて、口を閉ざした俺たちは同じタイミングでストローを咥え、それぞれドリンクを一気に飲み干した。


「付き合ったからって、すぐキスする訳じゃないもん。だって、ほら……恥ずかしいじゃない」

「俺、付き合ったことないから、わかんねーよ」

「じゃあ、聞くけど、先生と付き合えたら、すぐキスできるの?」

「は? まっ、お前!!」


 どうして滝の前で、そういう爆弾発言をするんだよ!

 冷や汗がどっと噴き出した。おそるおそる滝を見ると、予想に反して、特に驚いた顔もせずにコーヒーを飲んでいた。え、なに、これってどういう状況なの?


「……美羽、お前……もしかして、滝に話してんのか?」

「当たり前でしょ。あたしと滝くんに秘密はなしなんだから」

「俺としては、瑠星が恋敵にならないなら、それに越したことはないからな」

「あたしと星ちゃんは絶対にないって、いつもいってるじゃない!」

「うん、いつも聞いてる」


 だから、事あるごとに俺の前でいちゃつくの、やめてくれないかな?


「瑠星は美羽ちゃんが好きだと思ってたから、ビックリはしたけどさ。まあ……遊園地での二人見てたら、なんとなくそうかなとは思ったよな」

「……へ?」

「そうでしょ。二人とも、あたしたちのこと全然目に入ってなかったもんね」

「あれで付き合ってないとか、ビックリだよ」

「ちょ、待って……なに、いってんだ?」


 二人のいってる意味が全くわからない。

 俺が困惑していると、二人はきょとんとした。しばらく俺を眺めると、顔を見合って「無自覚って困るよね」とかいいだす。

 無自覚ってなんだよ。


「星ちゃん、告白しちゃいなさい!」

「は? なにいってんだよ。そんなん無理だって!」

「いけると思うけどな」

「そうよ。先生が星ちゃんを見る目は、教え子を見る目じゃなかったわよ」

「若槻のこと好きだと思うぞ」

「いやいやいやいや、お前ら、なにいってんだよ。どう考えたって、先生と俺じゃ無理だろ」

「なんでよ?」

「なんでって……」


 あんなに完璧なんだよ。見た目だけじゃなくて、気配りができるし、笑顔がむちゃくちゃ可愛いし──ああ、男に可愛いも変だけど、淳之輔先生は可愛いところがあるんだよ。とにかく、そう、よくいうスバダリっていうやつだよ。非の打ちどころがないんだ。

 それに比べて俺は、勉強だってできないし、スポーツが得意な訳でもない。秀でたものがなくて、背だって先生の横に並んだら惨めになるくらい低いし。


「俺と先生じゃ釣り合わないし、きっと、先生の周りには美人な女子大生だっているだろうし」

「だーかーら! 今どき男とか女とか、関係ないでしょ」

「けど、同性より異性愛の方が数は多いだろ? 確率的には低いじゃん」

「低くても、ゼロじゃない!」


 言い切った美羽は、俺の手を握った。


「片思いを大切にしろっていったの、撤回する。星ちゃんは、告白した方がいい!」

「……なんだよ、それ」

「だって、星ちゃん、先生とキスしたいって思っちゃったでしょ?」


 キスという言葉に、美術室の光景がまざまざと蘇った。それに、淳之輔先生と俺を重ね見ていたことが、バレバレだったなんて──顔が熱くなった。


「先生と顔を合わせて、我慢できるの? 思い出したりしない?」

「それは……」

「告白して両想いが発覚すれば、万事オッケーでしょ!」

「……フラれる確率の方が高いだろ?」

「なにいってるの。フラれるかOKかの、二分の一よ」


 とことんプラス思考な美羽は、滝を見て「それに」という。


「今度は、ちゃんとダブルデートしたいよね」

「そうだな。俺、あんまり話さなかったし、大学の話とか聞いてみたいしな」

「……そんなの、別に俺が告白しなくたって……」

「なにいってるの! もしもよ。もしも先生がゲイだったら、それこそ、滝くんを近づけられないでしょ」

「……は?」

「この筋肉よ。男受けするの間違いないんだから!」


 美羽は、恥ずかしげもなく滝の胸板を叩いた。そういえば、谷川たちにも「私のおっぱい」宣言をしていたな。あれって、本気だったのか。

 意外な性癖を目の当たりにした気分だ。


「……滝、美羽との関係、今からでも考え直した方がよくないか?」

「なにいってんだよ。これが、美羽ちゃんの可愛いところだろ」


 いや、お前がなにをいっているんだ?

 とんだバカップルを前に、頭が痛くなってきた。

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