新学期早々、実力テストがあるってどうなんだろう。
曲がりなりにも進学校──自称進ともいわれてるけどさ──だから仕方ないのかもしれないが。まだ国数英の三科目で救われたけど、来年は全科目あるって話だ。考えただけで頭が痛くなる。
ぐったりと机に突っ伏していると、腹の虫がぐぐっと鳴った。
「星ちゃん、帰らないの?」
「帰るけど……その前に自販機よって、あんぱん買ってく。腹減った」
「じゃあ、正門のところで、滝くんと待ってるね。一緒に帰ろう」
「……なんで、お前らに挟まれないといけないんだよ」
「いいじゃない!」
にやにやと笑う美羽は、こっそり「恋バナしたいし」と呟いた。それは惚気の間違いだろうが。
嫌だといっても、俺を捕まえる気満々なんだろうな。
諦めながら「勝手にしろ」といって、教室を出た。別棟にある購買部に向かうのに、近道となる特別棟へと向かった。昼間は、同じように購買部と食堂に向かう学生で賑やかな棟だけど、今日は部活もないからか、しんと静まり返っている。
薄暗い階段を上り、三階の特別教室の前を横切ろうとした時だった。
ガタンッと物音がした。それに、なにか声が聞こえる。立ち止まると、再び小さな物音が聞こえた。物音がした方を見ると、教室のドアが、うっすらと開いている。美術室か。
あれ、美術室ってなんか七不思議なかったかな。モナリザの目が動いてるとか……あれ、音楽室のベートーヴェンだったか?
もしかして、お化けがいる……ってことはないよな。
よしておけばいいのに。この時は、だいぶ頭が疲れていたのか、その物音がどうしても気になってしまい、そっとドアの隙間から中を覗いてしまった。
本当に、よしておけばよかった。
そこに見知らぬ男子学生が二人いた。
一人は机に座っていて、もう一人がその男子の顔を上に向け、唇を重ねていた。ドラマでしか見たことのないような光景が、目の前にある。それも、男同士でだ。
キスはどんどん激しくなって、机の上に座るヤツの息とか、小さな喘ぎが聞こえてくる。
その衝撃に、背筋がぞわぞわと震えた。
気付けば走り出していた。一目散に来た道を駆け戻る俺は、すっかり自販機のあんぱんのことを忘れていた。
正門に近づくと、美羽と滝の姿が見えてきた。仲良さそうに手を繋いで笑い合っている。それを見ながら、脳裏には、さっき見てしまったキス現場を思い浮かべる。
もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「あ、星ちゃん!」
俺に気付いた美羽は、無邪気に笑って手を振った。滝もこっちに気付く。
ああ、こいつらもキスするのかな……ごめん、美羽。俺、今、めちゃくちゃデリカシーのないことを考えた。
自分の頭の悪さに気分が沈み、二人の前に立つと同時に、その場にしゃがみ込んだ。
「どうしたの、星ちゃん?」
「自販機、食いもんなかったのか?」
純粋に俺の心配をしてくれる二人の言葉が突き刺さる。
ああ、お前らはきっと、ピュアなお付き合いってやつだよな。学校でキスなんてしちゃうような、バカじゃないよな。キスなんて……
「若槻? 顔真っ赤だぞ」
「なにかあったの?」
「キス……」
「は?」
「キスの現場に遭遇した」
二人はそろって首を傾げたかと思えば、俺の報告に驚きもせず「ああ」と頷いた。え、反応それだけなの。もっと驚くとこじゃないか?
「いるよね、我慢できなくてしちゃってる子」
「まあ、出くわしたくはないよな」
「だろ!? それも、男同士で……」
尻すぼみになっていうと、美羽が「あーね」と、理解したといいたそうな顔で呟いた。
「結構いるもんだよ」
「あー、男同士か。まあ、俺も告白されたことあるしな」
「滝くんも!? もちろん断ったんでしょ?」
「当たり前だろ。俺はずっと美羽ちゃんに片思いしてたんだよ」
なんか当然、空気のように惚気話が始まっているんだけど。っていうか、待てよ。なんか爆弾発言が投下されてないか。滝が男に告白されているって。なんで、美羽は平気な顔をしているんだ?
「待ってくれ、なんか、情報量が多すぎて、俺、頭おかしくなりそうなんだけど」
「本当に星ちゃんて、初心だよね」
「キス現場に遭遇したのは、まあ、同情してやるが、今時、男だ女だとかいうのは流行らないぞ」
「……お前らが、理解力ありすぎるだけじゃねぇの?」
「えー、そんなことないよ。ほら、うちのクラスだって、井口くんと成田くん、付き合ってるじゃない」
「……はい?」
「えっ、星ちゃん、知らなかったの? 皆、知ってるよ」
けろっとした顔で爆弾投下をした美羽は、硬直する俺に手を差し出した。
「ほら、立って。帰ろう!」
「ちょっと待て……井口と成田が?」
「ラグビー部の先輩にも男カップルいるぞ」
「へっ!?」
「逆に、女の子同士でお付き合いしてる子だっているし。普通だよ」
普通といわれた瞬間、淳之輔先生のことを思い出した。
じゃあ、俺のこの気持ちも、普通なのか。俺が、先生とキスしたいと思ったとしても……
「おーい、若槻?」
「星ちゃん? また顔真っ赤だよ」
二人の声が遠くに響く。
ああ、やっぱり頭の中はぐちゃぐちゃだ!