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第85話 学校でいちゃつくのはやめてくれ!

 新学期早々、実力テストがあるってどうなんだろう。

 曲がりなりにも進学校──自称進ともいわれてるけどさ──だから仕方ないのかもしれないが。まだ国数英の三科目で救われたけど、来年は全科目あるって話だ。考えただけで頭が痛くなる。

 ぐったりと机に突っ伏していると、腹の虫がぐぐっと鳴った。


「星ちゃん、帰らないの?」

「帰るけど……その前に自販機よって、あんぱん買ってく。腹減った」

「じゃあ、正門のところで、滝くんと待ってるね。一緒に帰ろう」

「……なんで、お前らに挟まれないといけないんだよ」

「いいじゃない!」


 にやにやと笑う美羽は、こっそり「恋バナしたいし」と呟いた。それは惚気の間違いだろうが。

 嫌だといっても、俺を捕まえる気満々なんだろうな。

 諦めながら「勝手にしろ」といって、教室を出た。別棟にある購買部に向かうのに、近道となる特別棟へと向かった。昼間は、同じように購買部と食堂に向かう学生で賑やかな棟だけど、今日は部活もないからか、しんと静まり返っている。


 薄暗い階段を上り、三階の特別教室の前を横切ろうとした時だった。

 ガタンッと物音がした。それに、なにか声が聞こえる。立ち止まると、再び小さな物音が聞こえた。物音がした方を見ると、教室のドアが、うっすらと開いている。美術室か。


 あれ、美術室ってなんか七不思議なかったかな。モナリザの目が動いてるとか……あれ、音楽室のベートーヴェンだったか?

 もしかして、お化けがいる……ってことはないよな。


 よしておけばいいのに。この時は、だいぶ頭が疲れていたのか、その物音がどうしても気になってしまい、そっとドアの隙間から中を覗いてしまった。


 本当に、よしておけばよかった。


 そこに見知らぬ男子学生が二人いた。

 一人は机に座っていて、もう一人がその男子の顔を上に向け、唇を重ねていた。ドラマでしか見たことのないような光景が、目の前にある。それも、男同士でだ。

 キスはどんどん激しくなって、机の上に座るヤツの息とか、小さな喘ぎが聞こえてくる。


 その衝撃に、背筋がぞわぞわと震えた。


 気付けば走り出していた。一目散に来た道を駆け戻る俺は、すっかり自販機のあんぱんのことを忘れていた。

 正門に近づくと、美羽と滝の姿が見えてきた。仲良さそうに手を繋いで笑い合っている。それを見ながら、脳裏には、さっき見てしまったキス現場を思い浮かべる。

 もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。


「あ、星ちゃん!」


 俺に気付いた美羽は、無邪気に笑って手を振った。滝もこっちに気付く。

 ああ、こいつらもキスするのかな……ごめん、美羽。俺、今、めちゃくちゃデリカシーのないことを考えた。


 自分の頭の悪さに気分が沈み、二人の前に立つと同時に、その場にしゃがみ込んだ。


「どうしたの、星ちゃん?」

「自販機、食いもんなかったのか?」


 純粋に俺の心配をしてくれる二人の言葉が突き刺さる。

 ああ、お前らはきっと、ピュアなお付き合いってやつだよな。学校でキスなんてしちゃうような、バカじゃないよな。キスなんて……


「若槻? 顔真っ赤だぞ」

「なにかあったの?」

「キス……」

「は?」

「キスの現場に遭遇した」


 二人はそろって首を傾げたかと思えば、俺の報告に驚きもせず「ああ」と頷いた。え、反応それだけなの。もっと驚くとこじゃないか?


「いるよね、我慢できなくてしちゃってる子」

「まあ、出くわしたくはないよな」

「だろ!? それも、男同士で……」


 尻すぼみになっていうと、美羽が「あーね」と、理解したといいたそうな顔で呟いた。


「結構いるもんだよ」

「あー、男同士か。まあ、俺も告白されたことあるしな」

「滝くんも!? もちろん断ったんでしょ?」

「当たり前だろ。俺はずっと美羽ちゃんに片思いしてたんだよ」


 なんか当然、空気のように惚気話が始まっているんだけど。っていうか、待てよ。なんか爆弾発言が投下されてないか。滝が男に告白されているって。なんで、美羽は平気な顔をしているんだ?


「待ってくれ、なんか、情報量が多すぎて、俺、頭おかしくなりそうなんだけど」

「本当に星ちゃんて、初心だよね」

「キス現場に遭遇したのは、まあ、同情してやるが、今時、男だ女だとかいうのは流行らないぞ」

「……お前らが、理解力ありすぎるだけじゃねぇの?」

「えー、そんなことないよ。ほら、うちのクラスだって、井口くんと成田くん、付き合ってるじゃない」

「……はい?」

「えっ、星ちゃん、知らなかったの? 皆、知ってるよ」


 けろっとした顔で爆弾投下をした美羽は、硬直する俺に手を差し出した。


「ほら、立って。帰ろう!」

「ちょっと待て……井口と成田が?」

「ラグビー部の先輩にも男カップルいるぞ」

「へっ!?」

「逆に、女の子同士でお付き合いしてる子だっているし。普通だよ」


 普通といわれた瞬間、淳之輔先生のことを思い出した。

 じゃあ、俺のこの気持ちも、普通なのか。俺が、先生とキスしたいと思ったとしても……


「おーい、若槻?」

「星ちゃん? また顔真っ赤だよ」


 二人の声が遠くに響く。

 ああ、やっぱり頭の中はぐちゃぐちゃだ!

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