焼き肉屋を出てから駅に向かう途中、自然と繋がれた手に視線を向ける。その薬指には、以前つけていた女除けの指輪が見当たらない。
「先生、指輪するのやめたの?」
何気に訊いてみると、淳之輔先生は少し目を見開いた後、はにかんで「気づいた?」と訊き返した。
「そりゃ、手を繋げば気づくよ」
「そうか……まあ、あれはストーカー女除けだったし、いろいろ忘れようかと思ってな」
「じゃあ、別に指輪が好きとかはないんだ?」
「嫌いじゃないけど、なんで?」
不思議そうに首を傾げる顔を見て、一緒に首を傾げて「なんで?」と考える。
「……ほら、泉原さんはいくつも付けてるし、オシャレな人はそういうのも付けるものかなって」
「泉原は好きなアクセをつけるために服を選んでるような奴だからな」
「そうなんだ。先生は?」
「派手なアクセはいらないかな……うーん、薬指につけるなら、瑠星とのペアリングがいいかな」
さらりと出てきた言葉に、思わずきょとんとして足を止めた。そんな俺を見て、淳之輔先生はおかしそうに笑う。
「そんな驚かなくてもいいだろう?」
「え、いや、でも……高校に指輪は無理かな」
うちの高校は進学校にしては比較的緩い校風だけど、アクセサリーは校則違反になっている。まあ、盗難が起きたら厄介だって話だろうけど。
「てことは、もしも買ったら、毎日つけてくれるんだ?」
「そりゃ……つけたい、かな」
「じゃあ、クリスマスにでも作ろうか。誕生日は過ぎちゃっただろ?」
いわれて、淳之輔先生の誕生日を知らないことに、はたと気づいた。
俺と同じ獅子座だっていうのは、初めて買い物に行ったときに知ったんだよな。あの時、誕生日も訊いておけばよかった。
「先生の誕生日っていつなの?」
「8月19日だよ。瑠星は?」
「8月8日です」
「さすがに誕生日が一緒っていう奇跡はないか」
「あったら怖いでしょ」
笑い合って歩き出すと、少し先にゲーセンの賑やかな明かりが見えてきた。数か月前は毎日のように来ていたけど、すっかりご無沙汰だ。その横をすぎようとした時、キャッチャーの台が目につく。
今時期はどんな景品が並んでいるのか。少し興味をひかれて覗くと、夏らしいペンギンやイルカの可愛いぬいぐるみが積み上げられている台が見えた。
抱きかかえられるくらいの大きさのペンギンと目があった気がした。
「先生、ちょっと待ってて」
「ん? ゲーセン?」
手を放して両替機に走り、すぐさまペンギンの台へと移動する。
さて、こいつの中綿は柔らかいのか、ぎっしりなのか。──ペンギンのぬいぐるみを観察し、その重心を探っていると、ついてきた淳之輔先生が「これが欲しいの?」と訊いてきた。
「んー、欲しいっていうか……」
先生にあげたいというか。
曖昧に答えながら小銭を投入し、見た感じは固めなペンギンの下半身狙いでアームを落とした。下半身が大きいこいつは、どちらにしろ重心は下だ。このまま転がして景品の獲得口に引っかけられれば、あとは簡単だろう。
一度目は途中で落ちたが、二度目でペンギンのお尻が獲得口のアクリル板に引っ掛かった。
よし取れる!──思わず口角が緩まった。
三度目のチャレンジで頭を持ち上げられたペンギンは、難なく獲得口に落ちてくれた。
「凄いな。ゲーセンが好きだっていってたけど、そうやって取るんだ」
「久しぶりだけど、こいつ、けっこう簡単なとこにいたから……はい、先生!」
取り出したもふもふのペンギンを、淳之輔先生の胸に押し付けた。
「え、俺に?」
「ペンギン好きでしょ? 遅い誕生日プレゼントの代わり」
もっとオシャレなものを贈った方がいいのかもしれない。でも、俺のファッションセンスは皆無といえる。それなら、好きなペンギンの方が嬉しいかなと思ったんだけど。
淳之輔先生がぬいぐるみを抱える姿って、だいぶ人目につくぞ。なんなら、俺が持っていたってすれ違った人は振り返りそうなサイズだしな。
「……あー、もしかして邪魔、かな?」
改めて考えたら、もっと実用性のある物がよかったかも。ペンギン柄のなにか──ハンカチとか、メガネ拭きとか買えばよかったんじゃないか。
他人にプレゼントをするなんて経験がほぼないし、全く思いつかないけど。
ゲーセン通いの癖で、景品のペンギンと目があった気がしたのがまずかった。そう思った時、淳之輔先生が目を細めて笑った。
「名前つけないとな」
「……名前?」
「そう、このペンギンに。そうだな……」
にこにこしながら、淳之輔先生はペンギンの首についている黄色いリボンに触れた。
「せいちゃん」
「──は?」
「ほら、黄色いリボンしてるし、気配り上手なイエロー、だろ?」
「なっ!?」
ペンギンを両手で持った淳之輔先生は「お前は今日から、せいちゃんだぞ」といって笑う。
まさか、俺の名前から付けられるなんて、思いもしなかった。
恥ずかしすぎて顔から火が出そうになる。言葉が出なくて口をパクパクさせていると、いたずらな目が俺を見た。
「ちゃんと一緒に寝るからな」
嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が熱くなる。きっと、誰が見ても耳まで赤くなってるだろう。
ペンギンを抱えた淳之輔先生に手を引かれながら駅へと向かい、ほんの少しだけ、先生の部屋に向かうペンギンが羨ましくなった。