翌日、学祭の片づけで学校に登校した。教室に向かう階段を上がっていると、背中をとんっと叩かれた。立ち止まって振り返ると、美羽と滝が「おはよう」と笑った。
美羽の目が期待に輝いている。淳之輔先生とのことを訊きたがっているのだろう。
「……朝から元気だな」
「だって今日は片付け終わったら解散でしょ」
にやにやする美羽から視線を逸らすと、追いかけるようにして顔を覗き込まれた。
「告白成功したんだよね」
「……まあ、うん」
「頑張ったじゃない。おめでとう!」
はしゃぐ美羽に「お前さ」とため息をつくと、丸い目がぱちくりと瞬かれた。
「往来で話すことじゃないだろう」
「別にいいじゃない。フラれたわけじゃないし」
「……まあ、そうだけど」
大きな声ではしゃぐ美羽にため息をつきながら「ノンデリすぎだろう」と呟くと、滝が苦笑した。
「じゃあ、昨日はデートに行ったのね!」
「焼き肉食いに行った」
「は? なに、そのムードの欠片もない場所」
「腹減ってたし、先生、なんでもいいっていったし」
「えー、信じらんない!」
そんなこといわれても、ムードとか求めてないし。男二人でムード満点な夜景が見られるレストランとか、恥ずかしすぎるだろう。
不満そうな美羽に呆れながら、階段を上がった先の廊下を右に折れると、前方から「若槻、おはよう!」と声がかけられた。視線を向けると、口に棒つきキャンデイーを咥えた井口が、ひらひらと手を振っている。
おはようと返事をしようとしたら、教室からクラスメイトが何人も顔を出した。
「若槻くん! 昨日、どうだった?」
「告白したんでしょ?」
「名実ともに彼氏になったのか!?」
俺のクラスメイトは、どうやらノンデリ集団だったようだ。
恥ずかしさに顔が熱くなり、どう答えたらいいかわからずにいると、美羽が「じゃーん!」と謎の効果音を発してスマホを取り出した。
まさかと思えば、案の定、それは昨日先生が勝手に送信した二人の写真だ。
「おい、なに勝手に!」
スマホを奪おうと手を伸ばしたが見事に交わされ、集まったクラスメイトから歓喜の声が上がる。
「マジでイケメン彼氏じゃん!」
「おめでとー!」
「えー、いいな、どこで知り合ったの?」
「家庭教師だってさ」
「顔面も頭もいいって、えぐくない?」
よくわからない盛り上がりを見せるクラスメイトだけど、そこに嫌悪と侮蔑は微塵も感じない。
「でも、なんで大沢さんが二人の写真持ってるの?」
「それはね、昨日、星ちゃんが送ってきたの。もう、ビックリしちゃって」
「えー、さっそく惚気てるの?」
「ちがっ、それは先生が──」
盛り上がる女子たちに、思わず反応して口を噤んだ。
好奇心に満ちた眼差しが集中する。
「先生が?」
「あ、いや……」
「これ、彼氏が撮って送りつけたの?」
「あ、よく見たらカメラ構えてるの彼氏じゃない!」
黄色い声がさらに上がる。
それから囲まれて、質問攻めにあいながら後片付けに追われることになった。
午後になって、淳之輔先生の部屋で一連の騒動を話したら、げらげらと笑われた。
ベッドの上にあったペンギンを抱えて、シャーペンをカチカチ鳴らしながら恨みがましく先生を見た。そもそも、先生が写真を美羽に送ったのも騒ぎの原因だし。
一通り笑った淳之輔先生は目じりを指先で擦りながら「大変だったな」なんて他人事だ。
「だけど、聞いてた通り、だいぶ理解力のあるクラスメイトだな」
「まあ、そうなんだけど……」
問題集を捲りながら不満な顔をすると、向かいに座っていた淳之輔先生が手を伸ばしてきた。大きな手で俺の髪をがしがしとかき乱しながら、嬉しそうに笑っている。
「クラスメイト、大事にしろよ」
「……?」
「昔と比べたら理解力のあるヤツが増えたけど、同性愛を嫌うやつもいるからな」
「あー、まあ……そうだよね」
脳裏に浮かんだのは、学祭の時に俺の女装姿をキモいといった男。あの人は、そういう類いなのかもしれない。
甘い花のような香りがする人だった。「そんなことしても女の子にはなれない」といってたけど、彼自身どこか中性的だったような気がする。もう少し声が高かったら、女性かもって思ったかもしれない。そんな雰囲気の人だった。
今思えば、あの人こそ男に媚びを売るような雰囲気をまとっていた気がする。
わずかな違和感を覚え、それがなんなのか黙って考え込んでいると、優しい声が訊ねた。
「どうした、瑠星?」
「……学祭のこと思い出してました。女装アイドルをキモいっていった人のこと」
「まあ、一定数いるから気にするな。俺も、男なのに化粧なんてっていわれることあるし」
「先生も?」
驚いたことで、考えていたことが全てどこかに吹き飛んだ。
だって、化粧をしているといっても違和感一つないし、派手にしているわけでもない。化粧を落とした顔はまた違うけど、全然違うなんてこともない。
「他人に迷惑かけてるわけじゃないのに?」
「個性だ、多様性だっていわれても、人に文句をいいたい人種はいるもんだ。そんなのに傷つくのは時間の無駄だよ。だけど──」
言葉を切って立ち上がった淳之輔先生は、俺の横に移動すると、ペンギンごと俺を抱き寄せた。
「なにかいわれて辛いと思ったら、我慢しないでいってくれよ。泣いてもいいし、怒ってもいいから」
淳之輔先生はどこまでも優しい。それがとてつもなく、心強く感じられた。
今まで、恋なんてしたことないし、淳之輔先生のことを男だから好きになったわけでもない。先生が女の人だったとしても、恋をしたかもしれない。
だけど、淳之輔先生が俺の家庭教師でよかった。出逢えてよかった。そう再確認した。