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第103話 理解力がありすぎるクラスメイトはノンデリ集団

 翌日、学祭の片づけで学校に登校した。教室に向かう階段を上がっていると、背中をとんっと叩かれた。立ち止まって振り返ると、美羽と滝が「おはよう」と笑った。

 美羽の目が期待に輝いている。淳之輔先生とのことを訊きたがっているのだろう。


「……朝から元気だな」

「だって今日は片付け終わったら解散でしょ」


 にやにやする美羽から視線を逸らすと、追いかけるようにして顔を覗き込まれた。


「告白成功したんだよね」

「……まあ、うん」

「頑張ったじゃない。おめでとう!」


 はしゃぐ美羽に「お前さ」とため息をつくと、丸い目がぱちくりと瞬かれた。


「往来で話すことじゃないだろう」

「別にいいじゃない。フラれたわけじゃないし」

「……まあ、そうだけど」


 大きな声ではしゃぐ美羽にため息をつきながら「ノンデリすぎだろう」と呟くと、滝が苦笑した。


「じゃあ、昨日はデートに行ったのね!」

「焼き肉食いに行った」

「は? なに、そのムードの欠片もない場所」

「腹減ってたし、先生、なんでもいいっていったし」

「えー、信じらんない!」


 そんなこといわれても、ムードとか求めてないし。男二人でムード満点な夜景が見られるレストランとか、恥ずかしすぎるだろう。

 不満そうな美羽に呆れながら、階段を上がった先の廊下を右に折れると、前方から「若槻、おはよう!」と声がかけられた。視線を向けると、口に棒つきキャンデイーを咥えた井口が、ひらひらと手を振っている。

 おはようと返事をしようとしたら、教室からクラスメイトが何人も顔を出した。


「若槻くん! 昨日、どうだった?」

「告白したんでしょ?」

「名実ともに彼氏になったのか!?」


 俺のクラスメイトは、どうやらノンデリ集団だったようだ。

 恥ずかしさに顔が熱くなり、どう答えたらいいかわからずにいると、美羽が「じゃーん!」と謎の効果音を発してスマホを取り出した。

 まさかと思えば、案の定、それは昨日先生が勝手に送信した二人の写真だ。


「おい、なに勝手に!」


 スマホを奪おうと手を伸ばしたが見事に交わされ、集まったクラスメイトから歓喜の声が上がる。


「マジでイケメン彼氏じゃん!」

「おめでとー!」

「えー、いいな、どこで知り合ったの?」

「家庭教師だってさ」

「顔面も頭もいいって、えぐくない?」


 よくわからない盛り上がりを見せるクラスメイトだけど、そこに嫌悪と侮蔑は微塵も感じない。


「でも、なんで大沢さんが二人の写真持ってるの?」

「それはね、昨日、星ちゃんが送ってきたの。もう、ビックリしちゃって」

「えー、さっそく惚気てるの?」

「ちがっ、それは先生が──」


 盛り上がる女子たちに、思わず反応して口を噤んだ。

 好奇心に満ちた眼差しが集中する。


「先生が?」

「あ、いや……」

「これ、彼氏が撮って送りつけたの?」

「あ、よく見たらカメラ構えてるの彼氏じゃない!」


 黄色い声がさらに上がる。

 それから囲まれて、質問攻めにあいながら後片付けに追われることになった。


 午後になって、淳之輔先生の部屋で一連の騒動を話したら、げらげらと笑われた。

 ベッドの上にあったペンギンを抱えて、シャーペンをカチカチ鳴らしながら恨みがましく先生を見た。そもそも、先生が写真を美羽に送ったのも騒ぎの原因だし。

 一通り笑った淳之輔先生は目じりを指先で擦りながら「大変だったな」なんて他人事だ。


「だけど、聞いてた通り、だいぶ理解力のあるクラスメイトだな」

「まあ、そうなんだけど……」


 問題集を捲りながら不満な顔をすると、向かいに座っていた淳之輔先生が手を伸ばしてきた。大きな手で俺の髪をがしがしとかき乱しながら、嬉しそうに笑っている。


「クラスメイト、大事にしろよ」

「……?」

「昔と比べたら理解力のあるヤツが増えたけど、同性愛を嫌うやつもいるからな」

「あー、まあ……そうだよね」


 脳裏に浮かんだのは、学祭の時に俺の女装姿をキモいといった男。あの人は、そういう類いなのかもしれない。

 甘い花のような香りがする人だった。「そんなことしても女の子にはなれない」といってたけど、彼自身どこか中性的だったような気がする。もう少し声が高かったら、女性かもって思ったかもしれない。そんな雰囲気の人だった。


 今思えば、あの人こそ男に媚びを売るような雰囲気をまとっていた気がする。

 わずかな違和感を覚え、それがなんなのか黙って考え込んでいると、優しい声が訊ねた。


「どうした、瑠星?」

「……学祭のこと思い出してました。女装アイドルをキモいっていった人のこと」

「まあ、一定数いるから気にするな。俺も、男なのに化粧なんてっていわれることあるし」

「先生も?」


 驚いたことで、考えていたことが全てどこかに吹き飛んだ。

 だって、化粧をしているといっても違和感一つないし、派手にしているわけでもない。化粧を落とした顔はまた違うけど、全然違うなんてこともない。


「他人に迷惑かけてるわけじゃないのに?」

「個性だ、多様性だっていわれても、人に文句をいいたい人種はいるもんだ。そんなのに傷つくのは時間の無駄だよ。だけど──」


 言葉を切って立ち上がった淳之輔先生は、俺の横に移動すると、ペンギンごと俺を抱き寄せた。


「なにかいわれて辛いと思ったら、我慢しないでいってくれよ。泣いてもいいし、怒ってもいいから」


 淳之輔先生はどこまでも優しい。それがとてつもなく、心強く感じられた。

 今まで、恋なんてしたことないし、淳之輔先生のことを男だから好きになったわけでもない。先生が女の人だったとしても、恋をしたかもしれない。

 だけど、淳之輔先生が俺の家庭教師でよかった。出逢えてよかった。そう再確認した。

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