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第104話 淳之輔先生の昔話とお願いと

 苦手な数列の問題を解きなおし終えた。

 うーんっと背伸びをしていると、淳之輔先生が牛乳ましましカフェオレを作って持ってきた。


「瑠星が来る前に、ちょっと買い物に行ってたんだけどさ」

「買い物?」


 グラスを受け取ると、先生は床に置いてあった鞄を引き寄せた。中から出てきたのは小さな箱だ。それを「はい、これ」といって渡されるけど、意味がわからずきょとんとしてしまった。

 掌に置かれた箱から視線を上げると、淳之輔先生はペンギンの頭をぽふぽふと叩く。


「遅い誕生日プレゼントのお返し的なヤツ」

「……え?」

「いいから、開けてみて」


 いわれるがまま箱のふたを開け、自分の目を疑った。そこにあったのはシルバーのネックレスだ。チェーンに通されたペンダントトップは、艶やかな黒い石が加工されたもので、獅子座のマークが金色で装飾されている。

 驚いて手の中を見ていると「お揃い」と軽い声が聞こえた。

 顔を上げると、首元からチェーンを引っ張り出した淳之輔先生が笑っていた。


「で、でも、俺があげたのって、これだよ? ゲーセンの景品」


 ベッドに置かれるペンギンの頭を叩くと、先生は俺の手に大きな掌を重ねた。


「こらっ、せいちゃんをイジメないの」

「イジメてないけど、て話をはぐらかさないでよ」

「はぐらかしたつもりはないけど。これだったら、学校にもつけていけそうだろ?」


 箱の中からチェーンを摘まみ上げた先生は、俺の首にそれを下げる。

 首の後ろに触れる指先に心臓が跳ねた。冷たいチェーンが擦れるたびに、体温が上がっていくのを感じる。

 淳之輔先生を意識しているのが伝わっちゃうんじゃないか。そう考えた瞬間、さらに鼓動が早まった。


「こういうの、束縛してそうで重いかなと思ったんだけどさ。瑠星、お揃いの指輪に抵抗なさそうだったし」


 ネックレスをつけ終えた先生は、俺の胸に下がったペンダントトップを摘まむ。


「重い男は嫌われると思ったけど」

「そんなことない! 嬉しい……」


 重なった手を握りしめると、淳之輔先生の顔が少し真剣になる。そうして「昔のこと聞いてくれるか?」といった。


「昔?」

「ああ、聞いておいて欲しいんだ」


 真剣な声音に緊張しながら頷くと、淳之輔先生は「ありがとう」と呟き、話し始めた。


「……俺の恋愛対象は男でさ。自覚したのは中学の頃なんだ。ひた隠してたけど、七年くらい前にホモだってからかわれてさ」


 すりすりとペンダントトップを撫でながら、淳之輔先生は苦笑を浮かべる。


「原因は、前に話した親友で……正直、俺たちの距離感はおかしかった。俺も、もしかしたら両想いなんじゃないかって錯覚していた。だけど周囲に『お前らホモだろう』っていわれたら、胆が冷えたんだ」


 その言葉にぞっとした。

 仲がいいなってからかわれたり、男子ってバカだよねっていわれたり。そんなことは多々ある。でも、そんな侮蔑のこもった言葉を受けたことは、今のクラスで一度もない。

 もしも淳之輔先生とのことを、そんな風にからかわれたら、苦しくて仕方なかっただろう。


「先生……」

「けど、あいつは笑って『おっぱいないから無理だし。なあ?』て俺に話を振ってきたんだ。笑って頷くしかなかった。この恋は叶わない。そう悟ったのもその時だった」


 語る顔には悲壮感がない。辛い過去だろうに、悲しさを滲ませないどころか笑って懐かしそうに話している。

 どうして笑えるのか、不思議だった。


 もしも俺が先生だったら、どう反応しただろう。その親友のことが好きって前提で、でも、その気持ちを笑って否定しなきゃいけないなんて。──泣いていたかもしれない。そこにいられなかったかも。


「あいつはノンケなんだ、世界が違うんだって思って諦めた……結局、大学受験の時に成り行きで気持ちを伝えて、フラれたけどな」


 ペンダントトップから手を放した先生は、小さく息をつくと俺に向き直った。


「瑠星に告白されて、俺はなにも変わってないって思った」

「変わってない?」

「瑠星のことも、きっとノンケだろうって諦めるつもりだったんだ。同じ過ちはしない。嫌われる方がもっと辛いから、って具合にさ」


 重なった手が優しく握りしめられる。

 ああ、俺のことを真剣に考えてくれていたんだ。だから、図書館の外階段で告白した時、今まで見たことないような素振りで「マジかよ」ていってたんだ。あれが、先生の素で、本心で。

 嬉しそうなのに困って、赤い顔をしていた先生を思い出す。


「だから、瑠星の告白は……信じられなかった。嬉しいっていうよりも、こんな都合のいいことあるのかって思った」


 俺を見る淳之輔先生は、心底幸せそうに笑ってくれた。それが嬉しくて、自然と俺の口元も緩んでいく。


「もう諦めない。どんなことがあっても、瑠星を笑顔にするのは俺だから」

「うん……俺も先生のこと諦めなくて、よかった」


 肩を寄せ合い、大きな手が俺の頭を寄せるように、髪に差し込まれる。もしかして、このままキスとかしちゃったり──小説のワンシーンを想像したら、恥ずかしくて顔が熱くなった。


「ところで、瑠星」

「……はい?」

「そろそろ、先生呼びやめない?」


 こつんっと頭がぶつかる。


「名前で呼んで欲しいんだけど」

「ええっと、それは……」


 突然のお願いに頭が真っ白になった。凄い近い距離に先生の顔がある。


「二人の時だけでいいからさ」

「淳之輔、先生」

「いつものままじゃん」

「淳之輔、さん?」

「なんか距離感じる」


 不満そうな顔と声に、勇気を振り絞った。

 小声で搾り出すように「……淳之輔」と呼ぶと、先生は「もう一度」っていう。

 恥ずかしさで耳まで熱くなる。


「……淳之輔」

「そんな恥ずかしがることないだろ。ほら、もう一回」

「ううっ……淳之輔……無理無理、恥ずかしい!」


 ペンギンを掴み、近づく淳之輔先生の顔に押し当てた。


「それに! 受験が終わるまでは、先生は先生だし!」

「……それをいわれると、辛いな」


 ペンギンを退けた先生は、苦笑を浮かべながら立ち上がり「勉強再開するぞ」といいながら、テーブルを挟んだ向かいに移動した。

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