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第107話 やってきました美浜国立大!

 美浜国立大駅で下車して歩道を歩いていると、美羽が目を輝かせて俺の胸元を指差した。


「星ちゃんも、ついにアクセサリーをつけるようになったんだね」

「──は?」


 シャツの下に入れていた獅子座のネックレスが、いつの間にか外に出ている。さっき階段を下りた時、躓いて転びそうになった時に飛び出したのかもしれない。


「オニキスだよね。獅子座のマークとか、可愛い!」

「いや、これは……」

「ん? なんで照れるのよ?」


 照れたつもりはなかった。だけど、ネックレスを意識した途端に淳之輔先生を思い出してしまい、顔が熱くなる。そんな俺を見て、なにかあったのだと察した美羽はにやりと口元を緩めた。


「滝くん、あたしも乙女座のネックレス欲しいな。滝くんは魚座だよね?」

「どこで売ってるか、探してみようか?」

「やったー! で、星ちゃんはどこで買ったの?」


 にこにこしながら俺を振り返った美羽に、後ろからついてくる滝が苦笑をしている。こいつ、美羽が俺からいろいろ聞き出したがっているのを察しているな。

 言い逃れを考えてみようとしたが、全く思いつかない。

 そもそも、アクセサリーショップなんて名前すら思い浮かばない。そんなこと、美羽が一番わかっていると思うが──観念して、ため息を吐く。


「先生にもらった」

「やっぱりね! で、で、先生は? お揃いでしょ?」


 そこまで分かっているなら、いわせるなよ。

 恥ずかしさから視線を逸らして「そうだよ」と小さく頷くと、美羽は目をキラキラと輝かせた。


「先生の星座はなんなの?」

「なんでそんなこと訊くんだよ」

「占ってあげる!」


 スマホを突きつけた美羽はうきうきとした顔を俺に向ける。


「女子ってそういうの好きだよな」

「男子だって好きな子いるわよ。ね、滝くん」

「まあ、参考程度にはいいんじゃないかな」

「滝……お前、どうしてそう柔軟なんだ? 占いなんて統計学としか思えないんだけど」

「それは同意する。スマホの占いは確率論だ。アルゴリズムで導き出される用意されたものだからな。簡単な星座占いなら俺でもJavaで作れると思うぞ」


 部活バカの滝だけど、さすが理系だ。俺にはわからない単語がいくつかあったが、根本的には信じていないってことが伝わってきた。

 滝に頷いていると、美羽の顔が不満げに膨れた。


「滝くん、どっちの味方なの?」

「え? あー、プログラムは簡単だけどさ、ほら、占いで重要なのはそれをどう受け止めるか、じゃないかな?」

「そう、そうなの。やっぱり、わかってる!」


 嬉しそうに滝の腕にしがみつく美羽から、視線を滝に移す。こいつ、本当に美羽の扱いをよくわかってるな。付き合い始めてまだ数か月だっていうのに。


「星ちゃん、最近はAIも使われてるからバカにならないんだからね!」

「わかったって。けど、俺は別に……」

「で、先生は何座なの?」


 引き下がる気がない美羽にため息をつき、観念して「獅子座」といった。


「同じ星座なんだ。えーと、獅子座同士の相性は……情熱的でドラマチックな恋愛に発展! だけど、自己中心的にならないように注意が必要。お互いを尊重して認め合えば、素晴らしい関係を築けるでしょう。だって」

「ふーん」

「なによ、その反応」

「いやだってさ、自己中心的になるなとか、尊重が大切とか、それ星座関係なくね?」

「むー……星ちゃん、嫌い! そういうとこだよ。相手を尊重しろっていうのは!」

「まー、まー、二人とも!」


 機嫌を損ねる美羽を見かね、間に入ってきた滝は歩道の先を指差して「美浜大、見えてきたよ」といった。

 美浜市郊外にある緑豊かなキャンパスの入り口は、手作り感満載でカラフルな学祭仕様の門となっていた。次々に来場者が中へと入っていく。


「ケンカしないで行こうな」


 滝に促されるように美羽と顔を見合わせる。


「わかったよ……悪かった」

「……嫌いっていって、ごめんね。星ちゃん」


 改めて謝るというのは恥ずかしいもんで、美羽を滝に任せるようにして歩き出した。そうして門をくぐって、広大な敷地のメインストリートへ踏み入った。


 人で賑わうケヤキ並木を進むと、併設されている案内所でパンフレットが配られていた。


「スタンプラリーもやってるって!」

「経済学部の校舎にもあるみたいだな」

「星ちゃん、先生との待ち合わせって経済学部のとこだよね?」


 パンフレットを見る二人に頷いたその時だった。


「あれ、君って……せいちゃん?」


 うっすらと聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、すぐ側で柔らかそうな茶色の髪がふわりと揺れる。

 既視感に俺の肩は強張った。

 木漏れ日を浴びたその人は、にっこりと笑い「偶然だね」といって近づいてきた。


 脳裏に悪夢が蘇り、息がつまった。

 この人は間違いなく、俺の女装アイドル姿を見てキモいといった男だ。


「今日は女装じゃないんだ?」


 一見すると人当たりのよさそうな笑顔だけど、俺をじっと見た目はまるで獲物を前にした肉食獣のようにも見えた。

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