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第106話 勉強の合間の休憩時間はちょっと危険?

 淳之輔先生が家庭教師として家に来た日のことだ。

 休憩時間になり英検のテキストを閉じた俺が背伸びをしていると、椅子を並べて座る先生は、いい出しにくそうに「そういえばな」と口を開いた。横を見ると視線が合った。


「大学祭、来週末なんだけどさ」

「そういえば、美羽もそんなこといってたような」

「……来るか?」


 尋ねられ、以前も大学祭に来るなら案内するって、いってくれたことを思い出した。あの時、俺は美浜大に行く気ないからって迷ったんだよな。

 出会ったばかりの頃を思い出し、なんだかおかしくなった。

 あの頃は、まさか美浜大を第一志望にしようなんて考えもしなかった。それどころか、先生に恋をするなんて微塵も思ってなかった。


「行きたいな。美羽にも行こうって誘われてたんだ。服飾サークルのファッションショーが見たいって……行ってもいい?」


 こんな話題をふっておいて、ダメっていうわけないだろう。

 念のため確認すると、淳之輔先生は少し眉を寄せてはにかんだ。少し困った顔にも見えるのが引っ掛かる。

 椅子をぎしっと鳴らして、先生に向き直った。


「瑠星の学祭に行っておいて、見にくるなっていうのも変だろう?」

「じゃあ、なんでそんな困った顔してるの?」

「それは……」

「ファッションショーの用意で忙しくて会えないとか?」


 ショーの規模がわからないし、そういうこともあるのかもしれない。ショーの前に宣伝活動をしたり、サークルの兼ね合いもあるだろう。俺たちの学祭でも大変だったわけだし、大学となれば規模はもっと大きいだろうから。

 そんなことを考えていると、淳之輔先生は少し俯き加減で髪をかき乱した。なにかいい出しにくい事情があるのだろうか。


 首を傾げて「先生?」と声をかけると、視線がこちらを向く。凄く真剣な眼差しだ。それに捕らえられるような感じがして、胸がぎゅっとなる。


「……瑠星が女装アイドルを見られたくなかった気持ちが、今更わかったというか」

「俺の気持ち?」

「日頃見せてない姿を見せるのは恥ずかしいもんだなと」

「ファッションショーって、そんなに違うもんなの?」

「普段着るような服じゃないこともあるからな。デザイン性や縫製の美しさだけじゃなく、テーマや目標をそれぞれ持って作ってるらしくて、個性の塊でもあるな」


 つまり、淳之輔先生が日頃しないファッションが見られるということか。それはちょっと興味が湧く。

 先生のファッションは派手すぎないけど、個性をさりげに感じさせるデザインのものが多い。服に施された刺繍とか、布の柄とか。でも、こうして家庭教師として家に来る時や先生の部屋で寛いでいる時は、シンプルな服を着ていたりもする。どれも、先生に似合っている服ばかりで、いつだってカッコいい。


 そんな先生が恥ずかしいと思う服ってどんななのだろう。歌番組に出てくる大物アーティストが着るような、ド派手で電飾が施されているような舞台衣装……てことは、ないだろうけど。

 想像すると興味が膨れ、思わずそわそわしていると、淳之輔先生は「それとな」といいにくそうに話を続けた。


「その……瑠星がステージの上でメンバーと顔を寄せてるところとか、撮影会で人気者になってたのを思い出してさ」

「人気者? あの場のノリだよ。あれから声かけられたりとかないし」

「そうか。それはよかった……けどさ、俺じゃないヤツと距離が近い姿を見て、嫉妬したんだ」

「……嫉妬?」


 意外な告白に驚いていると、淳之輔先生の眉が少しだけ下がる。


「そりゃまあ、ね。だけど、質の悪いことに……瑠星もショーを見たら、同じように嫉妬してくれたらいいな、とか考えちゃって」


 淳之輔先生の綺麗な爪が、俺の首元に触れた。銀のチェーンを引っかけて、服の下に隠していたネックレスが引っ張り出される。


「そういった暗い内面が自分にもあったて気付いてさ」


 すりすりと指先でペンダントトップを撫でた淳之輔先生は「引いた?」と苦笑した。それに、頭を振って否定する。

 引いたりするわけがない。むしろ、逆だ。


「……どっちかというと、嬉しい」


 ペンダントトップを摘まむ指に触れると、零れ落ちたオニキスが胸を叩いた。


「嬉しいの?」

「だってそれって……俺のこと考えてくれてるってことでしょ? それに、同じくらい思って欲しいって、そういうことだよね?」


 淳之輔先生の顔が強張る。その耳が少し赤くなって、視線がそらされた。

 椅子がぎしっと鳴った。

 少し前に体を出した先生は、両腕で俺の肩を引き寄せる。すっぽりと腕の中に収まり、頬に先生のぬくもりと鼓動が伝わってきた。


「いっぱい嫉妬してくれるか?」

「どうかな……先生しか見えないかもしれないし」

「それはそれで嬉しいな……ショーが終わったら、キャンパスを案内するな」

「うん、楽しみにしてる」


 ぎゅっと抱きしめられて、腕の中で顔を上げる。そこには、赤い顔をした先生がいて。

 緊張が走り、息を飲んだ時──スマホのアラームが、ピピピッと休憩時間の終了を告げた。それにほっとするような、残念に思うような複雑な気持ちが胸をよぎる。

 二人っきりの休憩時間は、少しばかり危険だ。

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