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シムルグが甲高い鳴き声をあげると、空気がびりびりと震えた。
黒い巨鳥は翼を広げて飛翔し、残像を引くような高速度で戦車めがけて一気に突撃をかける。
兵士の誰かが叫ぶより早く、凄まじい衝撃音が地面を揺るがし──重厚な装甲を持つはずの戦車が鈍い音を立てながら横転していた。
車体からは金属が軋む耳障りな悲鳴が上がり、乗員らしき人影が中から必死に逃げ出そうとするが、シムルグはそれすらも見逃さない。
黒い羽が鞭のようにしなり乗員の男を打ち据えると、男は殆ど水平に吹き飛んでいった。
あれではまず命はないだろう。
「撃てっ……撃てぇ!」
松浦が絶叫する。
その号令に従って周囲の兵士たちがいっせいに銃口を向け、シムルグの翅や胴体を狙って次々と弾丸を浴びせる。
しかしシムルグが自身の翼を畳み、それを鎧の様に纏わせると──
「徹(とお)らないだと!?」
絶望したような隊員の声が上がる。
重機関銃やライフル、あらゆる火器を集中させてもシムルグの翼を傷つける事は叶わなかった。
逃げ惑う隊員たちを突風のような翼撃で吹き飛ばす姿は、まるで荒ぶる神話の怪鳥そのものだ。
「撤退だ……このままじゃ全滅するぞ!」
誰かがそう口走った瞬間、シムルグがまた鋭い爪と翼を振り回して周囲を蹂躙した。
装甲車や破片が宙を舞い、倒れた兵士が転がる姿が霧の中に吸い込まれていく。
「くそッ……どうすれば……いや、待て」
松浦は目を細める。
シムルグの動きが明らかに鈍くなっている。
生きた嵐の様に縦横無尽に飛び回り、自衛隊に損害を与えていく魔鳥だが──
時折足元をふらつかせているではないか。
──なるほど、スタミナはないと見た
松浦はこの隙を逃さず一斉攻撃を合図しようとするが。
「なにッ!?」
シムルグは再び翼を羽ばたかせ、魔樹に向かってその実を啄み始めた。
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一方、遠巻きに様子を見ていた三崎と麗奈は、眼前の光景に息を呑んでいた。
どんなに撃ち込んでもシムルグには傷一つ入らない。
そして、疲れかけたところでまた魔樹の実を食らい、しれっと復活する悪夢のループ。
「これ……勝ち目あるのかな」
麗奈の声は震えている。
アーマード・ベアやゴブリン・キャスターは霧中から迫りくるモンスターの排除でおおわらわである。
そうしているうちに気力を取り戻したシムルグは、自衛隊や三崎らを嘲笑うかのように再度翼を広げて旋回を始めた。
──あいつを何とかしないと、魔樹を壊すどころじゃないんだけどなぁ……
魔樹を壊すにしても問題はある。
なにせ戦車の砲撃すらものともしなかったのだ。
三崎は周囲を見渡す。
沢山の人が斃れ、そしてシムルグが暴れまわったおかげで何台もの車両が破壊されているのみに留まらず、公園の変容した植物や樹木までもが周囲に散乱している。
しかも変容した植物や樹木は何らかの毒性があるようで、樹皮が地面に触れている場所がうっすらと紫色に変色しているのだ。
「うわ、あれって絶対毒だよね……」
麗奈がオエッと吐きそうな表情で厭そうに言った。
「毒かどうかはわからないけど、体に良さそうなものではないよね」
三崎はそんな事をいいながら周囲の観察を続ける。
場合によっては自衛隊を置いて一か八か麗奈と一緒に逃げ出すことも考え、退路を模索しているというのもある。
勿論それは最後の手段だ。
ここで自衛隊と力をあわせてどうにかできるなら、それが一番なのだから。
──そうは言ってもなぁ
霧が広がっているという問題もあるし、 "戦いの場所" そのものが狭くなっていっている。
──まだ戦いが続くなら、あの樹とか茂みの残骸をどかさないといけないかな……
三崎はどこか冷めた頭でそんな事を考える。
その時。
「残骸、か」
三崎の脳裏に、何か閃くものがあった。