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三崎は霧の向こうに舞い散った瓦礫や赤黒く枯れ果てた樹木の残骸を見つめながら、ある可能性を考えていた。
あのシムルグが暴れた拍子に、変異した枝や幹の一部が削られ、明らかにダメージを受けている箇所があるのだ。
それがモンスターであるシムルグの行動によるものならば、同じく“モンスター”であるアーマード・ベアやゴブリン・キャスターも、魔樹そのものを攻撃できるのではないか。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
麗奈が顔をのぞき込むと、三崎は微かな興奮を帯びた声で応じた。
「シムルグって、ほら……暴れ回る途中で変異した木や蔦を壊してたろ? だったら僕たちのモンスターでも、魔樹を直接破壊できるかもしれないと思ったんだ。それに、山本の事も思い出した……。山本が"ああ"なった理由が魔樹の実によるものなら、僕たちは一度魔樹を壊している──モンスターたちの力を借りて」
魔樹は戦車の砲撃や火炎放射器ですら傷一つつけられない強固さを持っている。
しかし、同じ“超常”の存在であれば、常識外の攻撃が通用するのではないかという仮説だった。
「そっか……普通の兵器が効かないなら、私たちのモンスターならワンチャンあるかも」
麗奈の瞳にわずかな光が宿る。
「でもさ……あれだけシムルグが暴れてる中で、どうやって魔樹に近づくの? 実を食べようとするあいつに邪魔されるでしょ」
「そこなんだよな」
三崎は唇を引き結び、周囲を見渡す。
モンスターを払いのけながら魔樹に取りつくのはまだいいとしても、シムルグが再度突撃してきたらひとたまりもない。
結局、自衛隊の援護なしには難しい。
さらに言えば、自衛隊が魔樹を攻撃し続けると、アーマード・ベアやゴブリン・キャスターが巻き添えを食う危険も高い。
「だから、松浦さんたちに一度攻撃を中止してもらって、僕らのモンスターが魔樹を直接攻撃する時間を作りたい。そのあいだは自衛隊がシムルグやほかのモンスターを抑えてくれたら……やれるかもしれない」
もちろん、成功の保証はない。
けれど、今のままでは打開策は見出せないまま全滅するだろう。
ならば、限られた手札を切るしかない。
「……私、その作戦いいと思う」
麗奈が口元をきゅっと結び、力強く頷いた。
「大丈夫! やれるよ! 私たちなら……多分」
「だよな」
三崎は一気に活力が湧いてくるのを感じながら、砲声が続く戦場の奥へ駆け寄った。
そこでは松浦が血塗れの腕を押さえながら、部下と必死に通信を取っている姿がある。
「松浦さん! 話があるんです!」
大声で呼びかけると、松浦は顔をしかめながらもこちらを向いた。
「何だ……こんな状況で、まだ何か策があるのか?」
三崎は最初に魔樹の耐久力と、シムルグがそれをかいくぐって実を食べ続ける悪循環を説明し、自分たちのモンスターで魔樹を直接攻撃する案を切り出した。
「自衛隊の火器じゃ傷つけられないのに、君たちのモンスターなら壊せると? ……いや、しかし常識に囚われてる場合じゃないか、もうとっくに常識外の事が起きているのだから」
選択肢は限りなく少ない。
取れる手は取るべきだという思いが松浦にもある。
「ダメもとでいい。僕たちが魔樹を叩きます。だから、そのあいだは皆さんにはシムルグや余計なモンスターを引きつけてほしいんです。あと、誤射だけは勘弁してもらわないと……僕らのモンスターが蒸発しちゃいます」
「……分かった。いいだろう」
ため息のように短く答えた松浦だったが、その瞳にはかすかな希望が灯っているように見えた。
「君たちが魔樹を破壊できるなら、こんなにありがたい話はない。正直弾薬も心もとなくてね」
三崎は松浦の手を借りつつ、辺りに散開している部隊にも呼びかけてまわる。
誤射を防ぐため、自衛隊には魔樹への大規模攻撃を一時中止するよう頼む一方、周囲から迫るモンスターの処理や、シムルグの妨害に注力してもらう形だ。
銃撃が小康状態になり、かわりに人とモンスターの混戦が入り交じる。
「お兄ちゃん、早く行こう!」
「近づくなら、十分気を付けてくれ。周りの植物も大分ヤバいぞ。うちの隊員も何人もやられている」
魔樹のまわりには変容した植物が繁茂し、それらからは強い腐臭を放つ液がしみだしている。
下手に触れると怪我では済まなそうだ。
「アレも銃弾を通さないんだ。まったく何で出来ているんだか……」
松浦のうんざりしたような言葉に三崎が頷き、麗奈を視線を交わし合った。
「かなり危なそうだけど……力を貸してくれる?」
三崎の言葉に、麗奈は惚れ惚れする様な笑顔で頷いた。