◆
三崎たちが魔樹へ続く道を切り開こうとしている間、自衛隊も公園の外周で奮戦していた。
だが、彼らが直面している状況はまさに地獄そのものだった。
濃い霧の中からは、蟲の群れやゾンビ、その他正体不明のモンスターがひっきりなしにわいて出る。
シムルグが悠々と空を旋回するたびに、その影に紛れるようにして霧の向こうからモンスターが押し寄せるのだ。
しかも敵はモンスターだけではない。
公園一帯の自然環境全てが変容してしまい、蔦や枝が赤黒い触手のようにうねりながら自衛隊員たちを襲う。
三崎たち自身も植物の残骸を取り除くのに苦戦しているようだが、自衛隊の戦線もまた限界に近づきつつあった。
「押し返せ! すぐ後ろには味方がいるんだぞ!」
指揮官である松浦の声が凄惨な戦場を駆け抜ける。
けれど、その声には以前ほどの力がこもっていなかった。
血まみれの包帯を腕に巻いたまま、彼は必死に部下たちへ指示を出しているが、弾薬は尽きかけ、兵士たちも体力が底を突きはじめている。
モンスターを撃退したあとですぐに次の襲撃が来て、また何人かが斃れる。
そういう悲劇がずっと続いていた。
霧の奥でうねる影は一向に絶えない。
小銃を構えていた若い隊員が、恐怖で顔面を蒼白にしたままつぶやく。
「まるで際限がない……」
それを聞いた別の隊員が狂気染みた笑みを漏らす。
「ひひっ……映画の中かよ、こりゃ……」
笑いながらも、彼は弾切れ寸前の銃を手放そうとしない。
周囲には、破壊された装甲車の残骸がいくつも転がっている。
無数のひしゃげた鉄片が地面に散乱し、血と油が混じり合って臭気を放っていた。
「クソ鳥が上空に戻った!」
誰かが叫ぶと、全員が一斉に空を見上げる。
公園の中央付近をぐるりと大きく旋回する黒い怪鳥。
その翼は相変わらず頑丈で、どれだけ射撃を浴びせられても傷ひとつ負わないかに見える。
しかし、それでもシムルグの動きは先ほどよりやや重くなっているようだった。
「何度も暴れ回って、さすがに疲れが出てきたのか……」
松浦の隣で銃を構える隊員が汗まみれの額をぬぐいながら言う。
「しかしやつはまた魔樹の実を食いに行くだろう。そうやって体力を回復されちゃ、こっちの被害は増す一方だ」
指揮官である松浦は唇をかみしめ、苦々しい表情を浮かべていた。
三崎たちが提示した作戦に望みをかけたいところだが、その三崎たち自身も変異した植物の処理に手間取っているらしい。
一方、自衛隊側はすでに死傷者が膨れ上がり、残存戦力は見る影もない。
「こんなに早く、こんなに大勢が……」
松浦の視線の先には、うずくまる若い兵士の姿があった。
左脚は変異した枝に刺されたようで、そこから紫色の液がじわじわと染み出している。
もう立ち上がることはできそうにない。
周囲には彼の仲間が数名いたが、皆そちらへ駆け寄る余裕すらなかった。
さきほどからシムルグの下につき従うように霧の奥からわらわらと現れたモンスターと、交戦を続けるだけで手いっぱいなのだ。
「松浦隊長!」
慌てた声が響き渡り、負傷した隊員を抱えた兵士がよろけながら近づいてきた。
「救護班の車両は……もうほとんど動けないんです! こっちの装甲車も故障して、エンジンがかからなくなりました」
「わかった……今使える武器は何が残ってる?」
「軽機関銃が一丁、グレネードランチャーが二本……ただ弾薬はあとわずかです」
松浦は歯を食いしばって「くそっ」と短く呟いた。
それでも周囲の兵士たちは、自分たちがやらなければならないことをわかっているのだろう。
できる限り気力を奮い起こし、死に物狂いで応戦を続けている。
モンスターを一体撃破するたびに、小さなガッツポーズをつくる者もいれば、泣きそうな顔で笑う者もいた。
松浦もそんな彼らの姿を見て、何度も鼓舞するように叫んだ。
「もう少しだ! 彼らが魔樹を叩いてくれれば、形勢は変わる!」
しかし本当に変わるのか。
正直、松浦自身にもわからなかった。