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第51話 魔樹を巡る攻防②

 ◆


 一方で、先のほうでは三崎と麗奈が植物を払い除けながら少しずつ前進していた。


 呪詛のように渦巻く腐臭やどろりとした液体が足元を覆うたびに、アーマード・ベアは唸り声をあげて突き進む。


 ゴブリン・キャスターは短い周期で爆裂する火花を放ちながら、立ちふさがる赤黒い蔦を焼き払う。


 だが、魔樹までの道のりは遠い。


 絡み合った枝や根が幾重にも覆い被さり、まるで生きた防壁のようにうねりを上げてくる。


「おじいちゃん、がんばって! ……くまっち! そっちの太い蔦が邪魔!」


 麗奈の指示に応えるように、アーマード・ベアが右腕の鉤爪を振り下ろす。


 鋭い衝撃が地面を揺るがし、蔦の塊がバサリと崩れ落ちる。


 しかし、その反動で返り血じみた腐食液がアーマード・ベアの毛並みに飛び散った。


 焦げたような臭いが立ち上り、熊の巨体が苦悶にのけぞる。


 苦しげに唸りながらも、アーマード・ベアは後退しなかった。


 ゆっくりと一歩を踏み出し、魔樹の根元へと少しずつ距離を詰めていく。


 ゴブリン・キャスターもまた、汗とも水滴ともつかない粘液を顔に垂らしながら、杖を振り下ろしては火花を飛ばしている。


「ヒッ、ヒッ……ヒッヒッヒ」


 空気が震えるような爆音が何度も重なり、濃霧がぐにゃりと歪む。


 だが、その向こうでうねる赤光は一向に勢いを失わない。


 ──魔樹


 見上げれば、太い幹には無数の裂け目が走り、そこから血のような液が断続的に滴り落ちている。


 枝先にはまだ赤黒い実がごろごろとぶら下がり、しとどに濡れた表面が不気味に脈動していた。


 ◆


 その頃、自衛隊は極限まで追い詰められていた。


 シムルグがひとしきり空を舞っては地上を蹂躙し、疲労すれば再び魔樹の実を食べに行く。


 そのサイクルを幾度も繰り返すうち、自衛隊の装甲車両は大半が破壊され、歩兵も半分以上が戦死か重傷を負っていた。


 救護の手は回らず、場所によっては負傷者が血を流したまま放置されている。


 それでも立てる者は立ち上がり、引き金を引き続ける。


「撃て……撃て……!」


 松浦が喉を潰しかけた声を振り絞るたびに、隊員たちは弾倉の残りを確かめながらモンスターの群れへ連射を浴びせる。


 すぐそばにいた初老の隊員が、震える声でつぶやいた。


「そんなに撃っても当たるもんじゃない……あれは……化け物だ……」


 指し示した先には、霧の奥から姿を現した新手のモンスターがいた。


 甲殻に覆われ、ハサミのような前肢を持つ異形の甲虫。


 その背中にはさらに小さい虫型モンスターが何匹もひっついているようで、重機関銃の掃射にもひるむ気配がない。


「こんな……化け物ばかり、どこから出てきやがるんだ……」


 老隊員の嘆きに答える者は誰もいない。


 覚醒者や魔樹、霧……すべてが謎だらけだ。


 人間はただ追い詰められ、次々と死んでいく。


「頼む……もう勘弁してくれ……」


 そう耳打ちするように呟いた直後、その老隊員は甲虫のハサミに脚を切断された。


 激痛で悲鳴をあげようとした瞬間、再度ハサミが振り下ろされ、彼は動かなくなる。


「くそぉぉっ……!」


 松浦が血走った目で甲虫へ銃口を向ける。


 周囲の隊員も呼応するように最後の弾丸を叩き込むが、それでも怪物の装甲は厚く、なかなか怯まない。


 やがて集中砲火が功を奏して甲虫は倒れたが、その代わりにさらに何名もの兵士が斃れた。


 立っている者はもう数えるほどしかいない。


 周囲の霧が濃く淀むなか、シムルグが再び空を滑るように飛行してきた。


 すぐに実を食べに行くだろう──そう松浦は直感する。


「もう……だめか……」


 嘆息まじりの声が漏れたとき、隊員の一人が半ば狂乱の状態でシムルグへ向かって駆け出す。


 彼の手には、数少ないグレネードランチャー。


「オオオオオッ!」


 絶叫を上げながらトリガーを引くと、シムルグの翼が鞭のように振り下ろされた。


 衝撃でグレネード弾はわずかに軌道を逸れ、地面を爆砕する。


 間近で爆発した破片がシムルグの身体に少し食い込んだようにも見えたが、致命傷にはならない。


 それどころか、隊員本人が吹き飛ばされた。


 爆風とシムルグの翼撃が重なったせいで、彼の身体は無残にも折れ曲がり、そのまま地面へ叩きつけられる。


 そのとき、シムルグの翼が浅く傷ついているように見えた。


 先ほどの爆風の名残かもしれない。


 しかし──


「まずい……あれでもまだ動けるのか」


 松浦が呆然と呟く。


 シムルグはわずかにバランスを崩しながらも、再度魔樹へ飛ぼうとするそぶりを見せる。


 あと一息で倒せるのではという期待を、何度でも再生されてしまうという絶望がマスキングする。


 しかし、希望があるがゆえに足を止める事が出来ないでもいる。


 結局のところ、シムルグが死ぬか松浦たちが死に絶えるかの二択しかないのだ──いま、この場では。

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