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第61話 春野 菜月②

 ◆


 少し意外なことだが、菜月はぽつりぽつりと自分の話を始めた。


 高校を休みがちで、何かと友人関係も上手くいかなかったこと。


 それでも、ずっと飼っていた犬と過ごす時間だけは楽しかったこと。


 異変が起こり、街が霧に包まれ始めたときにはもう行動するには遅すぎたこと。


「気づいたら……一人になってました」


 声は淡々としているが、端々が震えている。


 麗奈は思わず彼女の手を握ろうとするが、すぐに手を止めた。


「それで、ルー・ガルーが現れたの?」


 聞いた麗奈に、菜月は少し表情を明るくして頷く。


「ええ。最初は怖かったけど……」


 彼女はルー・ガルーの毛並みに手を添える。


「なんだか、昔飼ってた犬のようで。怖くなくなってきたんです」


 ルー・ガルーは低く唸ったが、それは菜月への親愛の情を示すような優しい音だった。


「私たちもアーマード・ベア……くまっちが出てきてくれた時は驚いたよ」


 麗奈がそう言うと、三崎は軽く苦笑する。


「僕も驚いた。もうだめかと思って」


 そういってなんでゴブリンなんだよと思った事を話す。


「もちろん今はもうそんな風には思ってないけれどね」


 そういってゴブリン・キャスターを見るが、その姿はいつのまにか年老いたものに戻っていた。


 ──あれはゴブリン・キャスターの若いころの姿なのかな? 


 そんな事を思っていると、ゴブリン・キャスターが内心の声を聞き取ったかの様に三崎のほうを向いて、にやりと笑う。


 菜月も小さく笑った。


「なんだか通じ合ってるみたいですね。私もそうなんです。愛着が湧いてくるっていうか、絆? みたいなのが深まる気がして。たまに、何を考えているかわかったりするんです」


 その会話の間にも、吉村たちは傷ついた隊員──高木の傷の手当てをしていた。


 物資は限られているが、応急処置だけでも施しておこうというわけだ。


「……道中で人を集めるとか、そういう作戦なんですか?」


 菜月が吉村に尋ねた。


「ええ、そうだですね。いまは各地に散り散りになっている"覚醒者"を集めて、戦力とする計画です」


 吉村は包帯を巻きながら、時折息を吐く。


「それにしても、ここまで若い方が多いのは意外でした。なぜ若者ばかりが……。いえ、嫉妬とかではなくてね。こういうのは本来大人の役目でしょうに……」


「ゲームとかやってる子の方が、こういう"システム"に馴染みやすいのかもしれませんね」


 菜月はそう言って、三崎と視線を交わした。


 三崎は小さく頷いた。


「そんな気がするよね。僕らも最初はゲームみたいだって思った」


 三崎の顔には苦い笑みが浮かぶ。


「だけど、ゲームなんてものじゃなかったけどね……」


 その場にいる全員が、この短期間に生死を分ける経験を何度もしている。


 ゲームでは「やり直し」がきくけれど、現実では一度失った命は戻らない。


 菜月はうつむいて黙り込んだ。


 すると、不意にルー・ガルーが彼女の肩を優しく押すような仕草をした。


「……ありがとう」


 そう呟き、小さく微笑む。


 ◆


 休息を終えた自衛隊員たちは、そろそろ出発の時間だと口々に言い始めていた。


 高木もようやく意識を取り戻し、ぐったりとしながらも歩けるようになっていた。


「ご厄介になりました」


 吉村が深々と頭を下げる。


「いえ……」


 菜月は入り口のそばで、ルー・ガルーと共に彼らを見送っていた。


「気をつけて行ってください」


 三崎と麗奈も、こくりと頭を下げる。


 吉村たちが外へ出て列を組み始めるのを見て、三崎兄妹も彼女に最後の別れを告げた。


「じゃあね」


 麗奈が手を振ると、菜月も小さく応える。


「……お互い、生きましょう」


 その言葉が最後に聞こえて、彼らは廃墟の路地を進んでいった。


 振り返ると、ルー・ガルーが菜月を守るように寄り添う姿がかすかに見えた。


 次に会うようなことがあるのか、それともこれが今生の別れとなってしまうのか。


 それは今の段階では誰にも分らなかった。


 ・

 ・

 ・


 三崎兄妹と自衛隊は再び、A公園を目指して歩き出した。


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