目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第60話 春野 菜月

 ◆


「手を貸してくれるのか……」


 吉村は呟く。


 ルー・ガルーは低い唸り声を上げながら、意識を失った隊員の身体をそっと持ち上げた。


「……助かるよ」


 吉村はそう声をかけるが、もちろんルー・ガルーが言葉で応じるわけはない。


 が、ルー・ガルーの瞳には、一瞬だけ人間のような感情が宿った気がした。


 ──明らかに知性がある


 まるで「ここでは危険だ。安全な場所へ連れていく」とでも言いたげな、そんな印象を受ける。


「よし、ついていくぞ」


 吉村はほかの隊員にも手を挙げて制しながら、ルー・ガルーの後を追う。


 その後ろに、三崎や麗奈、自衛隊の残存メンバーが続く。


 キャスターを召喚している三崎は、慎重に周囲のモンスター気配を探る。


 すでに大きな脅威となるブレイズ・ビートルは倒されたが、まだ息絶えていないゾンビや獣型が散らばっている可能性があった。


 幸いにも戦闘はなかった。


 一行は廃墟の路地を抜け、半壊したビルの前へ到着する。


 ルー・ガルーは崩れかけた入り口を鼻で押し開け、そのまま中へ足を踏み入れた。


 奥からかすかな明かりがこぼれていることから、誰かが居住、あるいは滞在している様だ。


「……帰ってきたの!?」


 若い女の声だ。


 ルー・ガルーへと掛けられているように聞こえる。


「誰かいるのか」


 吉村が呟くと、空気が一瞬緊張を孕む。


「だ、誰ですか!?」


「我々は自衛隊です。……それと、我々に力を貸してくれている“覚醒者”も二名。狼型のモンスターを召喚していたのはあなたですか? 多数のモンスターに囲まれていたところを発見し、共闘したのですが──」


「る、ルー・ガルーを助けてくれたんですか……?」


「ええ、そういうことになります。まあ我々も大いに助けられたというべきか……」


 ややあって、物陰から若い女の姿が現れた。


 年の頃は高校生くらいだろうか? 


 髪は肩にかかる程度で、服装はくたびれたパーカーにジーンズ。


 顔は青ざめ、しかしこちらを認めるとすぐにルー・ガルーと気絶している高木へ視線を向けた。


「こっち、こっちです……中、入ってきてください」


 焦った様子でそう言うと、ルー・ガルーは彼女の言葉を理解したのか、唸り声を控えるようにして、慎重に隊員を運び込んでいく

 。

 ビルの中は散乱したデスクや折れたドアが目立つが、奥のスペースだけは少し片づけられていた。


「幸い大きな怪我はないようなのですが、頭を強く打ったのか気絶してしまっていて。休ませてやりたいのですが……」


 吉村の言葉に女は頷く。


「そこに寝かせてあげてください。ベッドっていうほどのものじゃないですけど……」


 そこには手製の寝台らしきものがある。


 といっても机の天板の上に毛布が敷かれているだけの簡素なものだが。


 吉村がルー・ガルーを見ると、ルー・ガルーも頷き、そこへ高木を寝かせた。


 少しして、女は意を決したように口を開く。


「えっと……私、春野 菜月っていいます。高校生、です……」


 緊張している様子だ。


「ここで、ルー・ガルーと一緒に暮らしてる……というか、隠れていたんですけど……」


 そういって俯く。


「私は吉村です。隠れていた所モンスターに嗅ぎつけられてしまって──といった所でしょうか」


 そうなんです、と菜月は頷いた。


「あの狼──ルー・ガルーはいつから喚ベる様になったんですか? ……あ、いえ、尋問とかではなく」


「あはは、大丈夫です。いつから……うーん、最初っていったら変ですけど、都内が“こんなふうに”なっちゃってからいつの間にか。見た目は少し怖いですけど、かわいいんですよ。昔飼ってた犬に似てるんです。それより──」


 そういって菜月は三崎と麗奈のほうを見た。


「ええ、彼らも“そう”なんです」


 吉村が補足するように言い、チラリと三崎たちを見やる。


「二人は兄妹でしてね。随分と助けてもらいました」


 菜月は頷く。


「私もあの子がいなかったら、もうとっくに死んでたと思います」


 ルー・ガルーは菜月のそばに寄り添い、まるで保護者のように肩越しにこちらを見つめている。


 ◆


「あらかた自己紹介は済んだということで、本題に入ってもいいでしょうか」


 吉村が言葉を探すようにして菜月を見た。


 菜月は頷くが、余り明るい表情とは言えない。


 あるいは吉村の提案を既に予想しているのかもしれない。


「我々は仲間をできるだけ集めて、A公園にいる大きい魔樹を壊す作戦に参加しようとしています。……一緒に来てくれないでしょうか? もしルー・ガルーがいてくれるなら、心強い」


 菜月は眉を寄せて固まる。


 即答は難しそうだ。


 彼女の目線は床に落ち、右手がシャツの裾をぐっと握りしめている。


 ルー・ガルーも彼女の動揺を察したのか、小さく唸り声を上げる。


「ごめんなさい……。行けません。理由は、言えないんです」


 硬い声。


 単に外へ出たくないというわけではなく、何か理由がありそうだ。


 吉村はそうと察し、「わかりました」と短く返事をしただけで、深くは追及しなかった。


「いえ、謝る必要はありません。何か事情があるようなら仕方ありませんから」


 吉村は頭を下げ、思い直したように仲間の方へ視線を戻す。


「それはそれとして、彼をもう少しだけここで休ませても大丈夫でしょうか? すぐに動かせる状態じゃないので……」


 菜月はそれには「ええ」と小さく頷いた。


「彼──高木というのですが、目を覚ましたらここから出ていこうとおもいます。そう長くは滞在しないとはおもいますが」


 吉村の言葉に菜月は「大丈夫ですよ」と頷く。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?