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第65話 ほかの覚醒者たち

 ◆


 出発は一時間後ということになった。


 大森が言い残してから、覚醒者たちは思い思いに時間を潰す。


 三崎と麗奈も、簡単に言葉を交わし合う仲間を探す。


 場所は管理施設の脇にあるテントの近くだった。


 周囲には複数のテントが張られ、そこかしこで装備を整える音がする。


「とりあえず、挨拶だけでもしておこうよ」


 麗奈がそう提案すると、三崎は小さく頷く。


 彼らにとって、初対面の覚醒者は少なくなかった。


 とはいえ、全部を回るのは難しい。


 とりあえず、すぐ近くにいる者たちから軽く声をかけていく。


 ◆


「おっ、さっきの……ゴブリン使いだよな?」


 最初に話しかけてきたのは、黒髪をツンと立てた少年だった。


 肩には相変わらず不気味な木製の人形が鎮座している。


「俺は城田だ」


 少年は自信ありげな目つきをしている。


 三崎と麗奈もそれぞれ名乗り返す。


「俺のヘイト・ドール、けっこう強いんだぜ。返報? とか言って、攻撃された分を相手にも返しちゃうんだよな」


 そう言いながら、人形を指先で軽く叩く。


 すると人形の瞳がかすかに光った。


 麗奈が興味深そうに覗き込む。


「攻撃を受けたら、そのダメージをそのまま返せるってこと?」


 城田は鼻で笑うように頷く。


「ああ、相手が強くても問題ないってことだ」


 城田はそう言いつつも、視線をちらちらと麗奈に送っている。


「ところでさ……」


 城田の視線が麗奈に固定される。


「君、名前は? っていうか付き合ってるの?」


「三崎 麗奈。付き合ってるって──そう見える? まあいいけど、お兄ちゃんだからね」


 麗奈が答えると、城田は少し怪訝な表情をする。


「兄……ああ、そうなのか。てっきり彼氏かと思った」


「……」


 麗奈は無言で三崎を見上げる。


 城田はあからさまに安堵の息をついていた。


「なーんだ。兄妹かよ。全然似てねぇな……」


 城田は勝手なことを言いながら、あまり三崎に目をくれようとしない。


 三崎としてはこういう態度は慣れたものだ。


 外見の華やかさという点では、三崎と麗奈は本当に血がつながっているのかと思われるほどに差がある。


 ──そういえば父親が違うんじゃないかとか言われたこともあるな


 そんなことを思い出すと三崎はわずかに苦笑した。


「何笑ってるんだよ。まあ、いいや。とにかく俺は頼りになるって事だからよろしくな、お兄さん!


 そう言って城田は肩に乗ったヘイト・ドールを軽く撫でる。


 人形がかすかに口を開きかけたようにも見えたが、何かを言うことはない。


「……ああ、うん。その時はお願いするね」


 三崎がやんわりと応じると、城田は満足げに笑い、そのままどこかへ行く。


 なんとなく麗奈と視線を交わす。


「……なんか、勘違いされちゃったね。お兄ちゃん」


「まあ個性が出てるっていうか……」


 三崎はそうつぶやいて、ちょっと呆れた様な笑いを浮かべた。


 ◆


 続いて、ブレイカー・ロックの女。


 彼女は少し離れた場所で岩のようなモンスターをいじっていた。


「うーん、良い筋肉だね」


 女はそう独りごちて、モンスターの腕のあたりを軽く叩く。


 三崎と麗奈はタイミングを見計らって声をかける。


「すごい迫力ですね」


 三崎がそう言うと、女はやや照れくさそうに表情をほころばせる。


「だろ?」


 彼女の口調は少し低く、男勝りな印象がある。


「まあそっちの熊も大したもんだけどね──ああ、そうだ、あたしは石田っていうんだ、石田 英子。さっきは自己紹介もまだだったね。あんたらは?」


「僕は三崎 玲人、こっちは妹の麗奈です」


「へえ、兄妹なんだね。……全然似てないけど、ああ、気にしないで! 個性があって良いと思うよ!」


 へたくそなフォローに三崎は苦笑する。


「石田さんは、なんていうかその……体格がいいっていうか、何か格闘技とかされてるんですか?」


 三崎が尋ねる。


 出発前の緊張が和らいだのか、石田は明るく笑いながら腕を組んだ。


「格闘技ねぇ、まあ昔は柔道とか空手とか色々やったけどさ、どれも中途半端だったんだよね」


 少し自嘲気味な口調だったが、その眼差しにはどこか誇らしげな色が混じっていた。


「でも、覚醒してからは違う。このブレイカー・ロックがあれば、そういう格闘技の壁なんて関係ないからさ」


 石田は岩のモンスターの肩を軽く叩く。


 するとモンスターはゆっくりと腕を持ち上げ、まるで自慢の筋肉を見せつけるような仕草をした。


「おお、なんだか愛嬌あるね」


 麗奈が素直に感心すると、石田は嬉しそうに頷く。


「あんた、良いこと言うね! うちの子、見た目はゴツいけど意外とかわいいんだよ。ちょっと撫でてみるかい?」


 麗奈は興味津々でブレイカー・ロックに近寄り、その腕にそっと触れた。


 表面は硬い岩肌だが、冷たさではなく温もりのようなものを感じる。


「あ、本当だ。ちょっとあったかい……」


「だろ? 岩だけどちゃんと生きてるんだぜ、こいつもさ。そうなるとなんだか“モンスター”なんて思えなくてねぇ」


 その言葉を受けて、三崎がちらとゴブリン・キャスターを見やると、その瞳には確かな知性の輝きを見る事が出来た。


「僕も、そうおもいます」


 三崎がそういうと、石田は「そうかい」と嬉しそうに頷いた。


 ◆


 石田との話の後、テントの向こうから突然聞こえてきた険悪な声に、三崎は思わずそちらへ視線を向けた。


 少し離れた場所で向き合っているのは、北ルートに配置された覚醒者二人だった。


 一人は短髪で痩せ型、鋭く尖った顎が特徴的な青年だ。


 青年は苛立った表情で腕を組み、相手を睨みつけている。


 もう一人は、落ち着いた様子で淡々と話を聞いている、背が高くがっしりとした体格の男性だった。


 表情には戸惑いと困惑が滲んでいる。


「だから、俺がリーダーをやるって言ってるんだよ。俺の能力が一番前線向きだろうが」


 痩せ型の青年は強い口調で主張した。


 その態度には自信よりも過信がにじんでいる様に見える。


 対するがっしりとした男性は、眉間に皺を寄せながらため息をついた。


「何言ってんだよ……リーダーは自衛隊の人で決まってるだろ? 素人が仕切っても、混乱するだけだ」


 その言葉に青年は目に見えて感情を高ぶらせた。


 肩がわずかに震え、視線が鋭さを増している。


「素人だと? 馬鹿にするなよ。俺はお前らとは違って、この力で誰よりも早く覚醒したんだ。自衛隊だかなんだか知らねえが、実際の戦闘じゃ能力が強い奴が仕切った方がいいに決まってる」


 その荒い口調が周囲の注目を引きつけ始める。


 他の覚醒者たちは距離を置きつつも、何が起きるかという緊張した雰囲気で見守っていた。


「早く覚醒したからって、リーダーの資質があるってことにはならないだろ。それに、俺たちはチームで動くんだ。軍事訓練を受けてる人が指揮を取った方が安全なんだよ」


 がっしりした男性は理性的に返したが、それが青年の苛立ちをさらに強めてしまったようだった。


「安全? そんな弱気なこと言ってたら、勝てる戦いも勝てなくなるぞ! あんたみたいな保守的なやつに仕切られたら、俺たちみんなが危険になる」


「だからってお前が勝手に突っ込んだら、それこそ全員危険だろうが!」


 男性も思わず声を荒げると、その場に張り詰めた空気が一気に広がった。


 三崎は遠目で様子をうかがいながら、介入するようなことはしない。


 ──自衛隊の人も注視している。過熱したら止めに入るんだろうな


 青年は自分の力を周囲に認めさせたくて焦っているように見える。


 麗奈が不安げに兄を見上げ、小声で呟いた。


「……なんか嫌だね、こういうの」


「うん……まあこういう状況だからね。ずっと冷静で居られるっていうのもおかしな話だよ」


 三崎が小さく息を吐きながら言うと、麗奈は一瞬きょとんとした表情を浮かべ──


「お兄ちゃんがそれを言うのってちょっと面白いかも」


 などと言った。

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