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──まだ昼過ぎなのか
三崎は腕時計を見て時間を確認し、ふと空を見上げる。
濃密だった瘴気と霧のヴェールが消え、差し込む陽光が廃墟と化した公園の砂地に微かな陰影を落としている。
三崎と麗奈が立ち尽くしているそばで、吉村が無線機で別の隊と連絡を取っていた。
やはり自衛隊の支援火器は魔樹には充分な効力を発揮できないらしい。
「……他の拠点でも同様に、魔樹と思しき異形の大樹が複数確認されているそうだ。破壊できない限り、結界も霧も続く──とされている。少なくともあの“声”はそう言っていた。そのため……我々は引き続き、戦力を募りたい」
吉村は視線を周囲に走らせた。
負傷兵が散らばり、装備品も荒れた地面に散落している。
彼自身が属する陸上自衛隊の生き残りも、まともに動ける者は既に限られていた。
「できれば、この先も力を借りたいんだ。君たち……覚醒者に」
吉村は内心で“馬鹿が”と自嘲しながら言葉を吐いた。
覚醒者には明らかに未成年も多い。
──まだ子供なんだぞ
そんな声が自身の内から湧いてくるが、吉村はあえてその声を無視した。
しんと張りつめた空気が流れる。
付近に散らばるごく少人数の覚醒者たちも互いに顔を見合わせた。
北チームの者たちなどは表情が暗い。
何せ目の前で仲間を喪っているのだ。
“死”というものに慣れるほど、彼らは戦場に親しんでいない。
もっとも、死に慣れているものなどこの場には一人もいないだろうが。
「その、結界があったら俺たちはずっとここに閉じ込められたままなんスよね」
魔剣のモンスター、ラスティソードの召喚者である高槻が誰とはなしにぼそりと呟く。
その通りであった。
霧だけなら強行突破もできるかもしれない。
モンスターは多く出るだろう、しかし戦いの末にそれらを打ち破る事もできなくはないかもしれない。
しかし、結界は物理的に不可能だ。
戦車砲の衝撃力でも破れない不可視の壁は、いかなるモンスターでも打ち破る事はできないだろう。
──その辺も、なんだかゲームじみている
三崎は内心でそんなことを思う。
イベントの都合でそのマップ全域を囲うように透明な壁が張り巡らされ、条件を満たさなければそこから出る事はできない──そんな想像をする三崎。
陣内は胸ポケットからくしゃくしゃのタバコを取り出し、中を見て舌打ちをして言った。
「ヤニ切れかよ……。まあ話は分かった。で……見返りは?」
セリフは露骨だが、それを責める者はいない。
覚醒者たちは確かにモンスターと相対する力を持ってはいるが、相対する義務を背負っているわけではない。
一抜けた、と不参加を決め込んだってかまわない立場にある。
今回多くの覚醒者が作戦に参加したのは、結界を破らなければモンスターが蔓延るこの中野区から脱出ができない──という危急の理由があったからだ。
だが現在は一部とはいえ、結界は解除されている。
なんだったら、これ以上の同行をやめて逃げたってかまわない状況なのだ。
吉村は即座に答えた。
「物資を提供する。……この状況下では正直、十分とはいえないが。それでも我々の拠点に一緒に来てくれれば、少しでも怪我の治療や食料は融通できる。それから、さらに大規模な避難所へ移動する際も便宜をはかろう。率直に言って、避難所は確かに都内各地に設けられてはいるが、それでも全ての都民を収容できるほどではない」
「それってつまり──」
岩の巨人、ブレイカー・ロックの召喚者である英子は、苦々しい表情を浮かべた。
吉村は頷く。
「そうだ。ある程度の犠牲は確実にでるだろう。いや、ある程度ではないな──少なくない数の犠牲は必ず出る」
「避難所に入る事を断られる、みたいなこともあるわけですか」
三崎が尋ねると、吉村はぎゅうっと唇を引き結んで、ややあってから頷いた。
「……覚醒者諸君にも家族はいるだろう……」
吉村は低い声で続ける。
それは明らかに脅迫であった。
しかし、脅迫をしている側の顔色は最悪で、その脅迫をしなければいけない理由もその場の者たちには分かっていた。
はあ、と高槻が溜息をついて言う。
「OK、分かったよ。俺は手を貸す。母さんは体が弱いんだ、野宿なんてさせられねぇよ」
それを皮切りに、他の者たちも作戦への協力を申し出た──無論、嬉々としてというわけではないが。
「三崎、お前はどうするよ」
不意に陣内が三崎に尋ねる。
そうだなぁ、と三崎は考え──