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第82話「激戦の後」

 ◆


「……ひとまずあの化け蛙は片付いたな」


 陣内がつぶやいた。


「陣内」


 遠巻きに戦闘を見守っていた三崎が駆け寄り、そのすぐ後ろから麗奈と吉村、自衛隊員の数名も顔を出した。


 周囲にはモンスターの姿がほとんどない。


「まだ気を抜いちゃだめだよ、本命が残ってるんだから」


 英子が、ブレイカー・ロックの肩を叩きながら周囲を見回す。


 沙理もルミナス・ソウルに周囲を警戒させている。


 吉村が声を張る。


「周囲の取り巻きはほぼ制圧したが、問題は……やはり魔樹だ」


 吉村の目線の先には、瘴気を撒き散らす禍々しい樹木がそびえていた。


 幹が赤黒く裂け、枝葉は触手のようにうごめいている。


 根元からは粘液めいた液体が湧き出ており、ところどころにコブらしき膨らみが見える。


「あれを破壊できれば状況も良くなるはずだ」


 吉村が確信を持って言う。


「そのためにはやはり覚醒者の力が必要だな。自衛隊では──というか、現代兵器では相性が悪い。対戦車砲を直撃させても、表面が焦げるだけで再生されてしまったそうだ。今回も何度か試みたが、硬化した樹皮の一部を軽く焼いただけだった」


 英子が苦い顔で頷いた。


「遠くから一気にドーンとやれるモンスターはうちらにはいないってのがネックだねぇ」


「僕もゴブリン・ジェネラルを出そうと思う」


 三崎がいう。


「随分出し惜しみしてたじゃねえか」


 陣内の言葉に、三崎は苦笑して答えた。


「出し惜しみっていうか、相性だよね。沢山のモンスター相手とは余り相性がよくなかったんだ。それに手持ちの魔石もそう多くなかったし」


 しかし今回、多数のモンスターを倒した事でリソースにはある程度余裕ができた。


「あの樹を壊すなら、重量級のモンスターが複数必要だろうから」


 陣内は三崎の言葉に一定の道理を認めるが──


 ──まあ、他の連中をそこまで信じ切ってないってのが大きいんだろうけどよ


 内心でそんなことを思う。


 ──無理もねぇけどな、佐伯って例もある


 佐伯 高貴──元同級生の覚醒者だが、級友を殺め、魔石を強奪した男だ。


 ◆


「随分出し惜しみしてたじゃねえか」


 陣内の皮肉めいた言葉に、三崎は苦笑で返すしかなかった。


 的を射た指摘だった。


 ──そう、僕はずっとこの手札を温存していた。


 単純に魔石の節約という側面もあったし、多数相手にはジェネラルよりもキャスターのほうが相性が良かったというのもある。


 だがそれ以上に、三崎の胸中には別の理由が巣食っていた。


 ──僕が彼らを完全には信じていないように、彼らも僕を完全には信じていないだろう


 それは、避けようのない現実だった。


 同じ敵に立ち向かい、共に死地を潜り抜けてきた仲間であったとしても、根本的な部分ではまだ“他人”なのだ。


 佐伯のような裏切り者をこの目で見てしまった以上、他人を完全に信じるなどという芸当はもはや不可能に近い。


 ──でも陣内がここで口に出したということは


『お前も同じ船に乗るつもりがあるのか』


 三崎はそう聞かれたような気がした。


 だからこそ、今この場で“隠し札を切る”ことは、遅れに遅れた“信頼の証”なのかもしれなかった。


「お疲れ様、キャスター」


 三崎はそう呟くと、ゴブリン・キャスターを還す。


 そしてゴブリンを二体呼び、そこからタイガー・ゴブリンへ“合成”。


 更に、タイガー・ゴブリンをゴブリン・ジェネラルへと“進化”。


 まばゆい緑の粒子が宙を舞い、やがて地を這うようにして形を取った。


 アングリー・オーガにも負けない雄大な体躯はいかにも押し出しが強い。


 ゴブリンといえば最弱のモンスター……という認識は、少しでもファンタジーに触れた事のあるものなら共通してもっているものだが、そういった者たちがゴブリン・ジェネラルに抱くイメージは全く違うものになるだろう。


 その威容に、近くの自衛隊員の一人が思わず息を呑む。


「……おお、なんか雰囲気があるな」


「ですよね、僕らも随分助けられました」


 三崎は淡々と返す。


 ゴブリン・ジェネラルは三崎の召喚モンスターの中で最も強力だ。


 だが、それはあくまで「活かす環境」が整っていればの話だ。


 そして、今ここはその環境がある。


「各位、魔樹への総攻撃を開始する!」


 吉村が声を張った。


 その瞬間、ブレイカー・ロックが地面を砕きながら前進を開始。


 岩のような巨体を揺らしつつ、赤黒く裂けた魔樹の幹へと迫る。


 次いでアーマード・ベアが重々しい足取りで並走し、その背にまたがる麗奈がその動きに合わせて小さく頷いた。


「バルワー、頼む!」


 北ルートから合流した前田も叫ぶ。


 彼のナイト・バルワーが盾を構え、魔樹の根元付近に集う蔓や瘴気の波を押し返すように突き進む。


 そして最後方から、ゴブリン・ジェネラルが無言で歩を進めていく。


 鋭い視線を周囲へ走らせ、最も効率よく魔樹を破壊できる場所を計算しているようだった。


 ──このメンバーなら大丈夫そうだ


 三崎は確信を持ってそう思った。


 魔樹の反応は早かった。


 幹に打ち込まれたブレイカー・ロックの一撃を合図に、魔樹は咆哮にも似た震動を発した。


 それに呼応するように、枝葉のように見えた部分が触手となり、一本、また一本と蠢きながら召喚モンスターたちへ襲いかかる。


「くるよ!」


 麗奈が声を張る。


 アーマード・ベアがその巨体を盾にして触手を受け止め、反撃として鋭い爪を幹へ突き立てる。


 振り払われる衝撃は並の人間なら吹き飛ばされていた。


 しかし、熊の体躯はそれを踏ん張って耐え、次の一撃を狙っていた。


 一方、ブレイカー・ロックは岩の拳を上から振り下ろす。


 魔樹の表皮にヒビが走り、裂け目から血のような液体が噴き出した。


 ──効いてる


 誰かが叫ぶより先に、ナイト・バルワーが突進し、触手の群れをその巨盾で押し返す。


 続いて、ゴブリン・ジェネラルが魔樹の根を断ち切らんと鋭い一撃を放つ。


 金属音ではない、生木が断たれる鈍い音が響いた。


「もうひと押し……!」


 三崎の思念に応え、ゴブリン・ジェネラルがひときわ雄々しく咆哮し、手斧を頭上に掲げる。


 すると手斧の刃が青白い閃光を発し、空気が焦げる匂いがしたかとおもえば──次瞬、落雷そのもののような激しい一撃を魔樹の幹に見舞っていた。


 爆ぜた火花が内部を焼き、その焼けた匂いが周囲へ立ち上る。


 魔樹は最後の抵抗とばかりに枝を振り回したが──


 直後、陣内がアングリー・オーガをけしかけた。


 オーガは巨腕を構え、ゴブリン・ジェネラルと並び立つ。


 そして、双撃。


 二体の巨獣が魔樹の根元に渾身の一撃を加える。


 幹がひび割れ、悲鳴のような音を立てて崩れ始めた。


 次の瞬間──


 破裂音。


 魔樹の中心部が、まるで空気を抜かれた風船のようにしぼみながら破砕され、黒い霧が空へと舞い上がった。


 周囲に拡散しつつあった瘴気が急速に引いていく。


 それと同時に辺りを包んでいた霧が、嘘のように消えていった。


 まるでカーテンを開けたように、視界が開けていく。


 それは単なる天候の変化ではなかった。


 空の色が、明らかに変わったのだ。


 灰色にくすんでいた空が、ゆっくりと青みを帯びていく。


「晴れて……る?」


 麗奈の呟きに、誰もが頷く。


 霧が、瘴気が、音もなく確かに消えていった。


 ◆


 吉村はすぐに無線機を取り出す。


「こちら吉村。中野区中心部、魔樹の破壊を確認。現在、霧の晴れを確認中。結界状況、確認を急がれたい」


 数秒の沈黙ののち、上層部らしき声がノイズ混じりに返ってきた。


「……こちら新宿区方面。中野と新宿を隔てていた障壁は確認できず。通行可能と思われる」


 その報告に、吉村は目を細める。


「ただし、他の区との境界には引き続き障壁ありとの報告あり。詳細は確認中」


「了解した」


 吉村は無線を切り、周囲を見渡した。


「中野区の霧は消えた。だが──」


 そう、まだ終わっていない。


 この場の全ての者がそれを理解している。


 しかしとはいえ、このA公園の魔樹は排除することに成功したのだ。


 三崎は何とはなしに空を見る。


 ──青い


 風が吹き、空がようやく空としてその姿を取り戻しつつあった。


 ◆


 そして、その空の下では負傷者の手当てや物資の整理が始まっていた。


 重傷の隊員たちは仲間に支えられて公園の外へ運び出される。


 枯れた噴水付近のスペースが、簡易的な救護所として機能し始めた。


 他の覚醒者もモンスターの消耗を確認し合い、クールダウンや再召喚に備えているようだった。


「あの魔樹がなくなっただけでも、だいぶ気が楽だね」


 英子はブレイカー・ロックの腕を撫でながら言う。


 ロックの岩肌には無数の傷が刻まれていたが、その目はどことなく安堵に緩んでいるように見えた。


「まだ完全には終わってないと思うけど、ひとまず作戦通りになりましたね」


 沙理がほっと息をつきながら言うった。


「このまま他の区でも魔樹が壊せれば、霧は徐々に晴れていくはずだよ……多分ね」


 三崎は自信なさげに言う。


 ──本当にゲームみたいだな……命懸けの


 いつまでこんな事が続くんだろうというのが三崎の偽らざる思いだ。


 実際の所、そろそろ勘弁してほしい──そんな気さえもする。


 やたらと精神がタフな三崎でさえそう思うのだから、他の者たちはなおさらであった。


 吉村の方をみると、そちらは無線のやりとりを続けながら地図を見つめている。


 新宿区からの報告では、中野区ほど大規模な作戦はまだ組めていないらしい。


 だがすぐに他区への動きも本格化するだろうと見込まれていた。


 ◆


 一方、陣内はアングリー・オーガの肩に手を置いたまま、少し離れた場所に立っていた。


 周囲の空気が澄むにつれて、オーガの荒々しい息遣いも落ち着き始めている。


「ふん……」


 陣内はオーガを見上げる。


 オーガは主のほうへと視線を落とす。


 まるで「次はどうするんだ?」とでも言いたげな雰囲気だ。


「さてな。流れに身を任せるだけさ」


 陣内は肩をすくめると、空を見上げていると──


「陣内」


 後ろから声をかけたのは三崎だった。


「……おう」


「ありがとう。あの蛙……カロラ・カロルを倒してくれたことも、魔樹への協力も」


「別に、礼なんか要らねえよ」


 陣内は鼻で笑い、軽く手を振ってみせる。


「俺だって生き残りたかっただけだ。それに……まあ、こういう状況じゃな」


 続く言葉を探すようにして陣内は口を閉ざすが、三崎はそれだけで十分だと感じていた。


「……うん。そうだね」


 ふと力が抜ける。


 ──暫く休みたいな。出来れば一週間くらい!


 そんなことを思う三崎だがしかし、すぐに吉村の声が響き渡る。


「隊員は集合! 生存者の確認と、次の展開に備えるぞ!覚醒者たちもいつでも動けるよう準備をしてくれ」


 一同は散開していた位置から再び集まり始めた。


 公園の外れにあるゲートへ向けて救助用の装甲車が入り込んでくる音が聞こえる。


 やがて護送されていた負傷者も数名が戻り、あちこちで労いの言葉が飛び交った。

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